最新記事

科学後退国ニッポン

日本で研究不正がはびこり、ノーベル賞級研究が不可能である理由

JAPAN’S GREAT SETBACK

2020年10月28日(水)16時30分
岩本宣明(ノンフィクションライター)

日米を比較すると、アメリカでは大学院生の8割がなんらかの学費免除や免額を受け、全体の6割近くが全額を免除されているのに対し、日本では65%の大学院生が学費免除・免額を全く受けておらず、全額を免除されている学生は1.7%にすぎない。今年度から高等教育の授業料を免除される生活困窮家庭の基準が緩和されたが、大勢に影響を与えるものではない。返済しなくてよい給付奨学金の状況もお寒い限りだ。

その結果、優秀な学生ほど博士課程進学を敬遠し企業に就職するという状況が生まれている。NISTEPのアンケート調査では研究者の74%が「高い能力を持つ人材が博士課程を敬遠している」と回答し、博士課程の学生を「能力のない人が、それを高めるために博士課程に進学」「就職したくない、できないから博士課程に進学」などと評価している。博士課程はその数だけでなく、質も「空洞化」しているのだ。

研究費の不足と若手研究者の不安定な身分がデータの捏造や改ざんなど不正論文の温床となっていることは間違いない。匿名を条件に取材に応じた前出の国立大教授は「絶望的な空気の中、現場に近い所だけが疲弊していっている」とため息をつく。

「研究費を獲得するために、早く論文を提出しなければならない」「終身雇用を得るために期限までに論文を提出しなければならない」など、研究現場は不正の誘惑に事欠かない状況にある。教授は「最低限の研究費さえ保証されれば、研究者は失敗を恐れず研究に立ち向かえるし、身分が安定していれば納得いくまで研究できます。『論文撤回』のリスクを冒す必要もありません。が、財務省と文部科学省は、基盤的研究費を削減し競争的資金を拡大するばかりでした」と行政を批判した上で、窮状を訴えた。

「失敗したら職を失うような環境ではまともな仕事はできません。切羽詰まって不正の誘惑に負けてしまう若手研究者の心情は理解できます。研究者は『絶対に失敗が許されない環境』で精神をすり減らしています。他の仕事ならやり直すチャンスもあるかもしれないが、研究者は1回でアウト。絶対にやり直せません」

教授が匿名を条件としたのは、科研費の審査に悪影響が出るのを恐れてのことだ。科研費なしでは研究は続けられず、審査の最終決定権は文科省の外郭団体にある。競争的資金獲得のため、多くの科学者はその弊害を自由に批判することさえできない。

ノーベル賞は5年に1度に?

近年のノーベル賞受賞ラッシュは過去の遺産であり、近い将来、受賞者は激減することが予想される。ノーベル賞の受賞年と授賞理由となった研究を発表した年には平均25年のタイムラグがあると推定でき、ある年の各国の受賞者のシェアと、25年前の被引用論文数のシェアには有意な相関がある。

一方、前述のとおり、日本の論文数は減少基調にある。被引用(トップ10%)論文数のランキングは、3年平均値で2003〜05年の4位から2013〜15年には9位に陥落し、シェアは3.1%だ。つまり、2015年の25 年後の2040年頃には、日本人受賞者のシェアは3%前後となる可能性が高い。自然科学系受賞者が毎年6人前後であることを考えると、その3%は0.18人。日本人研究者の受賞の知らせにお祭り騒ぎをするのは5年に1度ぐらいになりそうだ。

magSR201028_chart3.jpg

本誌2020年10月20日号23ページより

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中