100年後、人類は世界自然遺産アレッチ氷河を眺められるか? 周辺自治体が温暖化対策を加速
気候変動の対策は?
アレッチ氷河の観光は先述のアレッチ自然保護センターの建物から始まった。それは築120年以上の大きい洋館で「ヴィラ・カッセル」とも呼ばれ、イギリスの富裕層アーネスト・カッセル氏が夏の間を過ごした私邸だった。英元首相ウィンストン・チャーチルなど政界や金融界の国外の著名人も滞在したという。富裕層に限らず一般の人たちもアレッチ氷河を訪れるようになったのは、1960年代だ。ヴィラ・カッセルには現在も宿泊できる。
長く続いている氷河観光が将来も安泰であるようにと、周辺の自治体では、随所で気候変動対策が進められている。2019年、約4億円をかけてヴィラ・カッセルをサステナブルな建物にリニューアルしたのも、その一環だ。
カーフリーの政策も特徴的だ。4つの氷河展望台への玄関口となる、標高2千m前後の3つの集落ではガソリン車の乗り入れを禁止している(スイスにはカーフリーリゾートが計11カ所ある)。3つの村の1つ、ベットマーアルプ村で郵便配達車、バス、ごみ収集車、ホテルの送迎車などを時おり見かけた。それらはすべて水力発電エネルギーを使う電気自動車だ。氷河展望台へのゴンドラリフトやチェアリフトも、3つの村と谷間を結ぶケーブルカーなども水力による電力を利用している。
ベットマーアルプ村では熱供給(暖房・給湯燃料)のエコ化にも取り組んでいる。同村には住民の住まいだけでなく、住民以外の人が休暇の時だけ住む別宅も多数ある。村のほとんどの建物は1990年以前の建築のため、断熱が不十分だという。村ではこれまでも取り組んできた古い建物の窓、屋根、外壁の改修をさらに推進していく。
同時に、2020年の村の熱供給の内訳にあるように、灯油46%、電気37%、ヒートポンプ11%、木材5%のうち、灯油と電気の割合を下げ、化石燃料の割合を2035年までに約39%減少する目標を掲げている。また、新たに、カーボンニュートラルな資源の木質ペレット(この地方で生産されたもの)を住民に1年中供給できるようにした。
ベットマーアルプ村は、ごみ処理でもエネルギーの節約を実践している。ごみは村内ではなく谷の下へ運んで処理しており、旅客用ケーブルカーの下部に大量のごみを吊るして効率的に輸送する方法を取っている。
気候変動を深刻化させないためには、アレッチ氷河一帯の努力とともに、ほかの場所でのエコ化ももちろん大切だ。類まれなこの山岳氷河を100年後の人たちも眺めることができるよう、自分の日常生活でサステナブルなアクションをもっと起こしていかなければと思いを新たにした。
取材協力:
スイス政府観光局 www.myswiss.jp
ヴァレー・プロモーション www.valais.ch
[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com