最新記事
SDGs

100年後、人類は世界自然遺産アレッチ氷河を眺められるか? 周辺自治体が温暖化対策を加速

2024年1月31日(水)18時27分
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

ヴィラ・カッセル

築120年以上のヴィラ・カッセルは、現在アレッチ自然保護センターとして使われている。Fiesch / Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 Unported

気候変動の対策は?

アレッチ氷河の観光は先述のアレッチ自然保護センターの建物から始まった。それは築120年以上の大きい洋館で「ヴィラ・カッセル」とも呼ばれ、イギリスの富裕層アーネスト・カッセル氏が夏の間を過ごした私邸だった。英元首相ウィンストン・チャーチルなど政界や金融界の国外の著名人も滞在したという。富裕層に限らず一般の人たちもアレッチ氷河を訪れるようになったのは、1960年代だ。ヴィラ・カッセルには現在も宿泊できる。

長く続いている氷河観光が将来も安泰であるようにと、周辺の自治体では、随所で気候変動対策が進められている。2019年、約4億円をかけてヴィラ・カッセルをサステナブルな建物にリニューアルしたのも、その一環だ。

のベットマーアルプ村を走るEVバス

カーフリーのベットマーアルプ村を走るバス(電気自動車)。高齢者や小さい子どもを連れた住民が利用

カーフリーの政策も特徴的だ。4つの氷河展望台への玄関口となる、標高2千m前後の3つの集落ではガソリン車の乗り入れを禁止している(スイスにはカーフリーリゾートが計11カ所ある)。3つの村の1つ、ベットマーアルプ村で郵便配達車、バス、ごみ収集車、ホテルの送迎車などを時おり見かけた。それらはすべて水力発電エネルギーを使う電気自動車だ。氷河展望台へのゴンドラリフトやチェアリフトも、3つの村と谷間を結ぶケーブルカーなども水力による電力を利用している。

ベットマーアルプ村では熱供給(暖房・給湯燃料)のエコ化にも取り組んでいる。同村には住民の住まいだけでなく、住民以外の人が休暇の時だけ住む別宅も多数ある。村のほとんどの建物は1990年以前の建築のため、断熱が不十分だという。村ではこれまでも取り組んできた古い建物の窓、屋根、外壁の改修をさらに推進していく。

同時に、2020年の村の熱供給の内訳にあるように、灯油46%、電気37%、ヒートポンプ11%、木材5%のうち、灯油と電気の割合を下げ、化石燃料の割合を2035年までに約39%減少する目標を掲げている。また、新たに、カーボンニュートラルな資源の木質ペレット(この地方で生産されたもの)を住民に1年中供給できるようにした。

ベットマーアルプ村は、ごみ処理でもエネルギーの節約を実践している。ごみは村内ではなく谷の下へ運んで処理しており、旅客用ケーブルカーの下部に大量のごみを吊るして効率的に輸送する方法を取っている。

気候変動を深刻化させないためには、アレッチ氷河一帯の努力とともに、ほかの場所でのエコ化ももちろん大切だ。類まれなこの山岳氷河を100年後の人たちも眺めることができるよう、自分の日常生活でサステナブルなアクションをもっと起こしていかなければと思いを新たにした。


取材協力:
スイス政府観光局 www.myswiss.jp
ヴァレー・プロモーション www.valais.ch


s-iwasawa01.jpg[執筆者]
岩澤里美
スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com

SDGs
使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが「竹建築」の可能性に挑む理由
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミャンマー地震、死者1700人・不明300人 イン

ビジネス

年内2回利下げが依然妥当、インフレ動向で自信は低下

ワールド

米国防長官「抑止を再構築」、中谷防衛相と会談 防衛

ビジネス

アラスカ州知事、アジア歴訪成果を政権に説明へ 天然
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 9
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中