最新記事
教育

海外で生活保護中でも奨学金返還が免除されない! 日本学生支援機構の督促に苦しむ海外邦人の悲鳴

2023年4月7日(金)16時40分
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

「海外での貧困が、経済困難だとは認められなかった」

現地国から生活保護を受給することになり就職活動も続けたものの、努力は報われなかった。そのうちに、高校・大学時の奨学金の返還猶予期間が限度に達した。JASSOは、生活保護受給中は制限期間なく返済を保留するとしているし、日本では生活保護受給者は奨学金の返済(借金返済)をすると生活保護を打ち切られるため、K氏は「目下、奨学金の返還能力がない」という証明書を現地国の当局からもらい、翻訳してJASSOに提出した。

だが、受け取った回答は予想外のものだった。「海外での生活保護受給は日本の法律の範囲外であり、JASSOの制度の対象外だ」というのだ。結局、返済保留は承認されなかった。

やがて、JASSO委託の債権回収会社から保証人となっている日本の親戚宅に督促状(催告状)が届くようになった。両親が他界して、K氏が唯一頼りにしている親戚だ。親戚は督促があるたびにK氏に電話やメールで連絡を入れ、督促状をK氏に転送した。毎月累積する割賦金には、延滞金が加算され借金は膨らむ一方だった。「優れた学生として学校より推薦を受けて奨学金を貸与されたからには、返還にも責任を負わなければなりません」など、督促状に書かれた言葉遣いは丁寧だが、K氏は自分を責めることをやめられず、夜眠れなくなることもあった。親戚の連絡はK氏を心配しての行為だったが、K氏は日本からの着信音におびえるようになったという。

「返済はします。でも今、どうしても返せない状況なのです。待っていただけませんか」と国際電話でJASSOに懇願しても、聞く耳をもってもらえなかった。

防衛費や途上国援助費で、返済困難者を救ってほしい

ある日、督促状の請求額が50万円を超え、K氏が払い残していた総額に達した。どうあがいても、自分ではその額を一括払いすることができず悩んだ。K氏を救ったのは、K氏の悲惨な状況を見るに見かねた友だちと督促状を転送していた親戚だ。「出世払いでいいよ」と2人がすべてを肩代わりしてくれ、それ以降、催促は止まった。

とはいえ、K氏には大学院在学時の奨学金の返済がまだ残っている。保留時期が切れるまでに再就職できればいいが、「コロナ禍やウクライナでの戦争の影響もあり、相当厳しいですね」とK氏は言う。

「お金がない人は借金して自己教育を実現し、余裕がある人は借金不要というのは格差の解消にはつながらないと思います。人は親(その経済状況)を選べないわけですから。奨学金が、普通の銀行と変わらないローンというのは理解し難いです。善意を装った搾取のようだと感じます。日本の教育費が高すぎること自体が問題だと思いますが、今の日本では安定した就職は約束されていなくて、奨学金を着実に返済することも定かではありません。非常にたくさんの人たちが返済できずに精神的に追い詰められていて、最悪のケースでは自殺に至ると聞きます。これは、明らかに貧困者への人権侵害だと感じています」

「そうやって貴重な人材を失えば、日本の社会が危うくなります。ですから、JASSOには柔軟な対応をしてほしいです。また、政府が膨大な防衛費や国際支援費のほんの一部を出せば返済に苦しむ人たちを救うことができるはず。対外政策も大事ですが、もっと足元を見つめて、日本の社会を支えている人たちへの対策を講じてほしいと強く感じますね」

「日本の高等教育は素晴らしいです。その機会が、日本のあらゆる家庭と個人に経済的に無理なく開かれるようにしてほしいです。そして、高い教育レベルや優れた経歴をもつ人たちが低所得や無所得を余儀なくされて困っているときには、教育借金の抑圧から解放されるようにしてほしいです」

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、ハードテクノロジー投資のVCファンド設立=国

ワールド

金・銀が最高値、地政学リスクや米利下げ観測で プラ

ワールド

中国、26─30年に粗鋼生産量抑制 違法な能力拡大

ビジネス

26年度予算案、過大とは言えない 強い経済実現と財
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中