最新記事

社会心理学

「人間関係の希薄さに救われることがある」これだけの理由

2019年5月29日(水)17時00分
荻上チキ(評論家)、高 史明(社会心理学者)

「夫婦ぐるみのおつきあい」が失われるとき

ブライアン・ウィルコックス(1981)は、離婚して間もない女性が離婚後および離婚前に持っていたネットワークの性質と、現在の適応との関係を検討した。この際、先に述べた「境界密度」も分析に用いた。

離婚前の夫婦のネットワーク間の境界密度が高いということは、元妻にとっても元夫にとっても友人であるような人物が多かったことを意味する。また、妻の離婚前のネットワークと現在のネットワークの境界密度が高いということは、離婚の前後で変わらずに関係を維持しているような相手が多いということを意味する。

分析の結果、現在不適応的である女性は、適応的である女性に比べて、離婚前に夫のネットワークとの境界密度が高かった一方、離婚前後のネットワーク間の境界密度が低かった。これは、夫と共通して友人であったような人間関係の多くが、離婚によって失われたことを示唆している。

つまり、密に連結されたネットワークは、その一部が失われるときに他の人間関係まで一緒に失われてしまいやすいのである。わかりやすく言えば、「夫婦ぐるみのおつきあい」をしている友人の割合が大きければ大きいほど、離婚によるダメージが大きくなるという脆弱性があるわけだ。

今あるネットワークの濃度だけでなく、次への関係性にどれだけ開かれているか。緊密であるだけでなく、開放的か否か。そうした、社会への開かれ度合いもまた、個人の選択肢を左右するだろう。

以上の研究から言えることは、このようになる。

人間関係が満たされていることは心身の健康につながる。逆に人間関係が満たされていないことは心身の健康を損ない、喫煙や肥満にも並ぶリスクになる。

しかし、友人や特に親しい友人の数以外のネットワークの性質に注目すると、何をもって「人間関係が満たされている」とするかは、人により状況により異なっている。

田舎での生活を愛する人々にとって、都会の人間関係は希薄で温かみのないものに感じられるかもしれない。しかしその希薄さにこそ救われる人々もいる。

逆に都会での生活を愛する人々にとって、田舎の人間関係は窮屈で牢獄のようなものに感じられるかもしれない。しかしその濃密な人間関係は、コミュニティに所属したいという人間の根源的欲求を満たしてくれるものでもある。

誰にとっても好ましいようなネットワークは実現困難かもしれない。しかし、ネットワークの重要性に自覚的であり、様々なネットワークの選択肢を許容することが、社会としての豊かさを向上させるとは言えそうだ。

引用文献:
・Hirsch, B. J. (1980). Natural support systems and coping with major life changes. American Journal of Community Psychology, 8(2), 159-172. https://doi.org/10.1007/BF00912658
・Holt-Lunstad, J., Smith, T. B., & Layton, J. B. (2010). Social relationships and mortality risk: A meta-analytic review. PLoS Medicine, 7(7), e1000316. https://doi.org/10.1371/journal.pmed.1000316
・Stokes, J. P. (1985). The relation of social network and individual difference variables to loneliness. Journal of Personality and Social Psychology, 48(4), 981-990. https://doi.org/10.1037/0022-3514.48.4.981
・浦光博 (1992) 支えあう人と人:ソーシャル・サポートの心理学. 東京: サイエンス社.
・Walker, M. H. (2015). The contingent value of embeddedness: Self-affirming social environments, network density, and well-being. Society and Mental Health, 5(2), 128-144. https://doi.org/10.1177/2156869315574601
・Wilcox, B. L. (1981). Social support in adjusting to marital disruption: A network analysis. In B. Gottlieb (Ed.), Social Networks and Social Support (pp. 97-115). Beverly Hills, CA: SAGE Publication.
・Zou, X., Ingram, P., & Higgins, E. T. (2015). Social networks and life satisfaction: The interplay of network density and regulatory focus. Motivation and Emotion, 39(5), 693-713. https://doi.org/10.1007/s11031-015-9490-1

[筆者]
荻上チキ(おぎうえ・ちき)
評論家、ラジオパーソナリティ。メディア論を中心に、政治経済から文化社会現象まで幅広く論評する。著書に『いじめを生む教室』(2018、PHP)など。TBSラジオ「荻上チキ session-22」でギャラクシー賞受賞。

高 史明(たか・ふみあき)
社会心理学者。博士(心理学)。偏見と差別、自伝的記憶、マインドセット 、ジェンダーと労働の研究などを行ってきた。著書に『レイシズムを解剖する――在日コリアンへの偏見とインターネット』(2015、勁草書房)など。2016年、日本社会心理学会学会賞(出版賞)受賞。

ニューズウィーク日本版 独占取材カンボジア国際詐欺
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年4月29日号(4月22日発売)は「独占取材 カンボジア国際詐欺」特集。タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中