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ルイス・キャロルが児童文学に加えた「心地よい魔法」とは?──ゴールデンウィークに読破したい、「心に効く」名文学(2)

2023年5月4日(木)08時21分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

ルイス・キャロルの「そうだね、それなら」の物語

1865年、ルイス・キャロルが『不思議の国のアリス』[邦訳は河合祥一郎、KADOKAWA、2010年など]を出版した。10歳になる友人の娘のために書かれた独創的で奇抜な作品である。『フクロウと小ネコ』同様、こちらも音楽的な一面があり、「そうだね、それなら」ルールに従った独自の歌さえある。

「もう少し速く歩けないかな?」と子ダラがカタツムリに言う。
「ネズミイルカがすぐ後ろまで来ていて、おれの尻尾を踏んづけそうなんだ。
ロブスターもウミガメもどんどん先へ行っちゃったよ!
みんな屋根の上で待ってる。あそこで一緒に踊ろう」

  
だが、『フクロウと小ネコ』や『ヘイ、ディドル、ディドル』とは違い、ルイス・キャロルの小説にはさらに、長々と展開される非音楽的な筋がある。

アリスという少女がチョッキを着たウサギを追いかけて穴に落ち、体が巨大化するケーキや、水ギセルを吸うイモムシ、木槌代わりにフラミンゴを使ってクロッケーをする女王の世界に迷い込む物語が、韻もリズムもないまま延々とつづられる。
  
こうした連想の連なりは、読み手の即興的な物語能力を途方もなく拡張するとともに、読み手にこんな疑問を抱かせる。

この物語の構造はどうなっているのか? これらすべての無秩序をまとめて支えているのは何なのか? 音楽も韻もリズムもないのに、不安をつかさどる脳の領域が途中で干渉することも、不快感を抱くこともないのはなぜなのか?

それはルイス・キャロルが、『ヘイ、ディドル、ディドル』の音楽構造を、物語構造に移し替えたからだ。その物語構造の軸となるのが登場人物、とりわけアリスである。

童謡の音楽的なリズムと同じように、アリスの感情や個性は物語全体を通じて一貫している。また、構造を生み出すあらゆるものと同じように、アリスは「いいえ」や「だめ」と言う言葉で境界線を引く。

実際、「だめ、質問なんてできない」と言って冒険を始め、「いいえ、そんなことさせるもんか! あなたたちはただのトランプなんだから!」と言って冒険を終わらせる。

『不思議の国のアリス』は、構造を生み出すアリスという登場人物を使えば、「そうだね、それなら」を延々と引き延ばした物語を生み出せることを明らかにして、児童文学をマインド・ワンダリングに応用する可能性を切り開いた。

童謡を、無限の展望を持つ短編の物語や小説に拡大することも可能であり、一定不変の登場人物さえいれば、読み手は即興的で突飛な冒険を続けられるのだ。

この冒険はのちに、読み手の即興能力を高める数多くのイノベーションを生み出した。そのなかでもっとも基本的かつ重要なイノベーションを成し遂げたのが、あのかわいらしいぬいぐるみのクマである。



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