最新記事

映画

フランス人監督が短編映画で描く日本人の死生観 なぜ高野山で撮ったのか?

2022年9月13日(火)17時00分
佐藤大輔
『THE SOUND OF WATER』

© Pen Films / Braud Films / Noise Gate Circus / Origine Films

<作品のテーマは「自発的な失踪」。高野山に伝わる伝説が物語のプロットに>

フランス人映画監督J.B. Braudが高野山で撮った短編映画『THE SOUND OF WATER』が、世界でも数少ない米国アカデミー賞公認の短編映画祭のひとつである「2022 フリッカーズ ロードアイランド国際映画祭」でオフィシャルセレクションに選ばれた。日本仏教の聖地、和歌山県・高野山を舞台に、蒸発した女性と、その女性を追うフランス人男性を描いた物語。フランス人監督の視点で日本人の死生観が描かれている。脚本・監督を務めたJ.B. Braudは、なぜこの高野山で映画を撮ったのか。

「私が日本で初めて撮ったショートフィルムは、実はこれが2作目になります。初作『IN THE STILL NIGHT』は、ホテルを舞台に幻想の世界に迷い込む、あるアートキュレーターの物語でした。このアイデアは滞在していた東京のホテルで思いつきました。自分が訪れた場所、そこでの体験からイメージを広げていくのが私の好きなスタイルです」

2作目となる『THE SOUND OF WATER』も、実際に高野山を訪れたことがアイデアの源となった。しかし個人的な体験を基にした前作とは異なり、高野山に伝わる、ある伝説に着想したという。物語のあらすじはこうだ。

平安時代、とある領主が散り桜に世の無常を感じて、妻と幼い子を残し突如、出家して高野山で僧となった。その子が少年になった頃、父が高野山にいるという話を聞き、父を探すべく母とともに高野山へと向かった。しかし高野山は女人禁制の地。そのため母を麓に残し、少年は単身、高野山へと入った。そこで父と出会うが、父は子に自分が父であることは明かさず、少年を麓に追い返した。そして、少年が麓で待つ母のもとへ戻った時には、すでに母は病で世を去っていた。身内を失った少年は、また高野山へ戻り、父のもとで仏の道に入る。しかし、父は死ぬまで自分が父であることを伏せた──。

「高野山は日本仏教の聖地で知られていますが、こんな物語があることに衝撃を受けました。そして、なにより私がさらに驚いたのは、筋書きにわかりやすい教訓や結論のようなものがないことでした。これは欧米ではあまり見られないことです。ただただ残酷な哀話なのですから。私が注目したのは、高野山に伝わる物語のように現代社会から忽然と姿を消してしまう人は、いまも昔もいるということです。いわゆる"蒸発"は、必ずしも非現実的なものではないのです。生きてはいるけれど、社会の中で死を選ぶ。そこに普遍の死生観を感じました。プロデューサーをはじめとした日本のチームとも話し合い、今回の作品では、欧米人がわかりやすいオリエンタリズムを演出することは避けたいと決めていました。そこで、自発的な失踪を題材にすることを決めたのです」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英生産者物価、従来想定より大幅上昇か 統計局が数字

ワールド

トランプ氏、カナダに35%関税 他の大半の国は「一

ワールド

対ロ軍事支援行った企業、ウクライナ復興から排除すべ

ワールド

米新学期商戦、今年の支出は減少か 関税などで予算圧
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 9
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中