最新記事

ビートルズ

ビートルズ最高の作詞家がジョンではなく、ポールであることを伝えたい

The Marvel That Is McCartney

2021年12月1日(水)17時45分
ジャック・ハミルトン

レノンが殺害されてわずか数時間後に取材されたときは、不謹慎とも取れる対応でマスコミと音楽ファンに総スカンを食らい、何年も悪評に苦しんだ。改めてニュース映像を見ると、胸が痛む。そこに映るのは悲しみに打ちひしがれ、有名人の不幸に群がる記者たちの前で必死に平静を保とうとしている1人の男。目には恐怖ともろさが宿っている。

そういうわけで『詩集』から意外な素顔が浮かび上がらなくても、驚くには当たらない。エッセーの多くも、ファンにはよく知られた内容だ。

「イエスタデイ」を最初は「スクランブルエッグ」と呼んでいたこと。「ペニー・レイン」で故郷リバプールの風景を描いたこと。「ヘイ・ジュード」の一節を書き換えるつもりだったが、レノンの強い勧めで残したこと。

母親愛用のの「ニベア」が生んだ詞

目新しい話題は乏しいが、だからこそ小さな発見が光る。幼少期を振り返るくだりもいい。「エリナー・リグビー」の中の「瓶から仮面を出して着ける」は、母が愛用していたニベアのクリームがヒントになったという。

サウンドの作り方も素晴らしい。73年にポール・マッカートニー&ウイングスで発表した「レット・ミー・ロール・イット」について書いた項で、マッカートニーはギターリフについて、こうつづる。

「相手に近づきたいが、心を開く覚悟はできていない──そんなためらいを唐突に始まり唐突に終わるリフで表した。何度も曲の勢いを遮るギターに、テーマを重ねた」

私にとってマッカートニー作品の魅力は、何より言葉の意味の限界を受け止め、「歌詞を目当てにロックを聞く方はお引き取りください」とやんわり諭すような姿勢にある。

「トゥ・オブ・アス」をめぐるエッセーでは、そんな姿勢が浮かび上がる。ビートルズ最後のアルバム『レット・イット・ビー』の収録曲「トゥ・オブ・アス」は、作為の跡を感じさせない伸びやかな名曲。こんな歌を作ることができるなら、ほとんどのバンドは魂を差し出すだろう。

マッカートニーが当時の妻リンダについて書いた曲だが、実際にマッカートニーとレノンのデュエットに耳を傾ければ、2人の愛の歌にしか聞こえなくなる。当人同士が二人三脚を卒業しても、声はまだ深く愛し合っていたのだ。

エッセーでマッカートニーは「2人で当てもなく車を走らせる/誰かが苦労して稼いだ/金を使って」という部分は意味がよく通らないと書いた上で、告白する。「私は必ずしも歌詞に意味を求めない。(意味がなくても)しっくりくることもあるのだ」

作詞家マッカートニーの神髄を、これ以上的確に伝える言葉はないだろう。

©2021 The Slate Group

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ネタニヤフ氏、イランの「演習」把握 トランプ氏と協

ワールド

トランプ氏、グリーンランド特使にルイジアナ州知事を

ワールド

ロ、米のカリブ海での行動に懸念表明 ベネズエラ外相

ワールド

ベネズエラ原油輸出減速か、米のタンカー拿捕受け
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中