最新記事
文学

白人男性作家に残された2つの道──MeToo時代の文壇とメディアと「私小説」

2021年10月14日(木)16時20分
野崎 歓(放送大学教授、東京大学名誉教授)※アステイオン94より転載

写真はイメージです Raman Mistsechka-iStock.


<有名作家の愛人となり、深い傷を負った女性が綴った『同意』が象徴的だが、白人男性主導の文学にあらがう動きがフランスで顕在化している。論壇誌「アステイオン」94号「弱き者よ、汝の名は白人男性作家なり?」より>

おそらく欧米諸国に共通して見られる傾向だろうが、現在のフランス文学において際立つのは「白人男性作家」の置かれた状況の厳しさである。苦境とか、弱体化といった言葉さえ頭をよぎる。

21世紀に入ってからの流れとして、そもそも女性作家の活躍が目立つ印象はあった。それがこの数年、性差別や人種差別の根の深さを窺わせる事件の続出や、#MeToo運動の広がりとともに、白人男性主導の文学にあらがう動きがフランスでは俄然、顕在化している。

象徴的な意味をもつのは、ヴァネッサ・スプリンゴラの『同意』(原書2020年刊、内山奈緒美訳、中央公論新社)だ。14歳で、有名作家Gに籠絡され愛人となり、やがて精神に深い傷を負った女性が、かつての経験を透徹した筆遣いで綴った作品である。

Gがガブリエル・マツネフをさすことはフランスの読者にとって明白だった。マツネフは自らの日常を高踏的な文体で綴る『黒い手帳』連作で知られる。とりわけ、未成年者を相手とするアヴァンチュールの数々を美化して描き、一部の称賛を受けてきたのである(スプリンゴラも作中に登場させられた一人だった)。1974年には『16歳以下』なる小児性愛のマニフェストまでものしていたのだから筋金入りというべきだ。そうした彼の確信犯的振る舞いに対し、スプリンゴラの著作がついにノンを突きつけたのである。

ソレルス、シオラン、ピヴォなどの大物たちが、かつてマツネフを支持するような立場を取っていたことが改めて問いただされた。70年代の尖端的な解放思想と、フランス持ち前の文学至上主義を後ろ盾として、マツネフは自らの性的倒錯に耽溺しえた。文壇とメディアを白人男性が支配してきた構図が、ありありと浮かび上がったのである。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国最大野党の李代表に逆転無罪判決、大統領選出馬に

ビジネス

独VWの筆頭株主ポルシェSE、投資先の多様化を検討

ビジネス

日産、25年度に新型EV「リーフ」投入 クロスオー

ビジネス

通商政策など不確実性高い、賃金・物価の好循環「ステ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 8
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 9
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 10
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中