最新記事

BOOKS

「売れないと困るんですよ。だって、なんでもない人じゃないですか」元・出版翻訳家が記すトンデモ編集者と業界の闇

2021年1月29日(金)07時05分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<ベストセラーを含む約30冊の翻訳書を出し、数々の成功体験があったが、約8年前に「足を洗った」という出版翻訳家。腑に落ちないことだらけの内情を、刺激的な1冊の本にまとめた>

私も物書きの端くれではあるので、出版業界の事情は多少なりとも分かっているつもりだ。だから、『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(宮崎伸治・著、フォレスト出版)に書かれているであろう内容は、読む前から多少なりとも想像できた。

厳密に言えば、出版翻訳家とはやっていることが異なるのだが、とはいえ同じ業界である。それに、冒頭にこんなことも書かれているのだ。


 当時の私には次から次へと仕事が舞い込んできていたため、怒涛のごとく訳して訳して訳しまくった。10年近くは休みらしい休みもほとんど取れないくらい忙しく働いた。かくして私は約30冊の翻訳書を出すに至り、その過程でさまざまなことを経験した。
 自分の名前が載った翻訳書が書店に並ぶ、胸がキュンとするくらい装丁が綺麗に仕上がっている、翻訳のクオリティーを褒めたたえたファンレターが来る、講演の依頼が来る、著書の執筆依頼が来る、ベストセラーになる、新聞広告がドカンと載る、印税がガバガバ入る......そういう数々の成功体験ができた。(「まえがきーー出版翻訳」より)

だとすれば、私などよりよっぽど華やかだ。羨ましい。どうやらタイトルに反し、地味なイメージがあった出版翻訳家という職業はなかなか魅力的なもののようだ......とも瞬間的には思ったのだが、問題は次に以下の一文が続くことである。


 しかし、8年前、私はその世界から完全に足を洗った。(「まえがきーー出版翻訳」より)

ベストセラーになって印税がガバガバ入ったのに、なぜ足を洗う必要があったのか? その問いに対する答えが、すべて本書の内容である。

約束していた印税が突然カットされる、発行部数もカットされる、出版時期を何年もずらされる、などなど、早い話が腑に落ちないことだらけなのである。

同じ出版業界に身を置きながら、私はそこまで極端な仕打ちを受けたことがないので、近そうで遠い出版翻訳業界の闇を見せられたような気がした。どうやら、そんな場所で生き続けなければならない出版翻訳者とは、思った以上に精神をすり減らされる立場であるようだ。

例えば著者は、"一冊の本を訳し終えたあとで"担当編集者から一方的に告げられたことがあったという。「売れる本にしたいので、ビッグネームの英語学者である○○氏に、監修者となってもらうつもり」だと。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、ガリウムやゲルマニウムの対米輸出禁止措置を停

ワールド

米主要空港で数千便が遅延、欠航増加 政府閉鎖の影響

ビジネス

中国10月PPI下落縮小、CPI上昇に転換 デフレ

ワールド

南アG20サミット、「米政府関係者出席せず」 トラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 8
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 9
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中