最新記事

人生を変えた55冊

閻連科:中国のタブーを描き続けるノーベル文学賞候補が選ぶ意外な5冊

2020年8月13日(木)19時05分
閻 連科(イェン・リエンコー)

NEWSWEEK JAPAN

<著作の多くが中国で発禁処分となっている作家、閻連科。影響を受けた本について寄稿を依頼すると、出てきたのが「鎌とニラとニラを食べた人」という言葉だった。意外な日本の小説も含む、彼の5つの足跡とは? 本誌「人生を変えた55冊」特集より>

私は生涯ずっと書籍に悩まされる人間で、なんとなく何かの本を気に入ったかと思うと、またすぐにそれをどこかへ打ち捨ててしまうということがしょっちゅうある。
2020081118issue_cover200.jpg
手元にあって、10年、あるいは私の半生のほとんどに付き合ってくれた本もあるが、それでいてそもそもその本に全く思い入れなどないのである。狂おしいほど夢中になった神様が作家にペンを与えたもうたのだと思えるほどの本でも、その本の著者に対しては少しも興味が持てなかった。

本と一緒に語る私とは一体どんな人間なのか、自分には分からない。いわば鎌とニラが一緒に置いてあって、鎌でニラを切ったもののそのニラを使わないというようなものだ。では鎌、ニラ、ニラを食べる人、この三者のうちのどれが私なのだろう?

包み隠さずに言えば、1人の作家の全ての作品を読み切ったという経験はない。作家に対する理解が深まると、その作家の作品に対する愛が冷めてしまうからだ。ある作家の作品を気に入ったからといって、彼(彼女)の人生や伝記には、ほとんど興味を持つことはなかった。だから、私に人生と創作に影響を与えた5人の作家、5冊の本について語れというのは、長距離走を愛する人(例えば村上春樹のような)に、その果てしなく長い道のりにおいて一番大事な足跡を5つ探し出せというようなものだ。

それでも歩んできた以上、足跡は残る。それなら、数年ごと、あるいは数キロごとに、あやふやながらいくつか足跡を探してみようか。

『聖書の物語』(ゼノン・コシドフスキー、1963年、邦訳なし)――この本が私に与えた影響は宗教や神についてではない。79年、飢餓、革命および共産主義がもたらした人生における困惑の中、無神論と英雄主義に満ちた兵営の中、師団の図書館の長年ほこりに埋もれた本棚で見捨てられていたことによって生き残ったこの本に、私は出会った。

生活の中に神はいないということをこの本は私に信じさせたが、中国で盛んに唱えられている無神論もまた、まさしく神の存在を証明していた。神は永遠に物語と文学と共にある。物語と文学がなかったら、神には居場所がない。だから、のちに『聖書』を読むことができたとき、『聖書』が信者のための聖典であり、私のような無神論の中で育ったあらゆるものに疑いを抱く人間にとって何よりも偉大な文学の古典および絶対多数のヨーロッパ文学の古典、そのまた古典の源であることを、私は知ったのである。

【関連記事】大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中