最新記事

BOOKS

「私の20年を返してほしい」53歳ひきこもり女性──8050問題をめぐる家族の事情

2020年5月13日(水)18時35分
印南敦史(作家、書評家)


 しかし何よりも、彼らを「見えない」存在にしてきたのは、実の親だ。家にひきこもりがいるのは「恥だ」と考える根強い文化に基づき、親がその存在を社会からひた隠しにし、「見えない」存在にしてきたことが、ひきこもりを長期化させ、中高年ひきこもりという存在を作った最大の要因であることは間違いない。(226ページより)

確かに、元農水事務次官が40代ひきこもりの息子を殺した事件も、息子の存在をひた隠しにしてきた結果として起きたものだった。そうやって多くの親がひきこもりの子の存在を隠し続けた結果、「8050問題」に至ったということである。


 モーレツ社員で出世の階段を駆け上った親世代が押しつける「昭和的成功」の価値観から、どんどん外れざるを得ない子どもたち。期待に応えようともがき続け、ぽきっと折れてしまったケースのなんと多いことか。どうしようもなくなり、家にひきこもった結果、何かを始めるエネルギーはあっという間に枯渇し、SOSを出す気力もなくなってしまう。そのまま誰からもどこからもアプローチしてもらうことなく、中高年になってもひきこもり状態が終わらない。これが「8050問題」の内実なのだ。(226〜227ページより)

だからこそ著者は、ひきこもりの子どもを抱える親は外部(地元の自治体が運営する「ひきこもり支援センター」など)に向けてSOSを出してほしいと訴える。

そしてもうひとつ重要なのは、地域に中高年ひきこもりのための「居場所」をつくる必要性だと言う。いきなり就労という高いハードルを課すのではなく、まずは家から出て、日中、過ごせる場所をつくるということだ。

もしかしたら、「そこまでする必要があるのか」と感じる読者もいるかもしれない。しかし我々は、中高年ひきこもりの存在を意識し、「そこからどうするべきか」を考える段階に来ているのだ。本書は、そんなことを痛感させてくれる。


8050問題――
 中高年ひきこもり、7つの家族の再生物語』
 黒川祥子 著
 集英社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

【参考記事】「女性のひきこもり」の深刻さと、努力しない人もいる現実
【参考記事】毒親を介護する50歳男性「正直死んでくれとも思うんです」

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。

20050519issue_cover_150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年5月19日号(5月12日発売)は「リモートワークの理想と現実」特集。快適性・安全性・効率性を高める方法は? 新型コロナで実現した「理想の働き方」はこのまま一気に普及するのか? 在宅勤務「先進国」アメリカからの最新報告。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

原油先物、週間で4カ月半ぶり下落率に トランプ関税

ビジネス

クシュタール、米当局の買収承認得るための道筋をセブ

ビジネス

アングル:全米で広がる反マスク行動 「#テスラたた

ワールド

トルコ中銀が2.5%利下げ、インフレ鈍化で 先行き
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中