最新記事

宗教学

死んだ人の遺骨も、ブッダと同じ「仏」と呼ばれるのはなぜか

2018年8月15日(水)10時30分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

それでなくても、日本では、人は死ねば、善人であろうと、悪人であろうと、いつかは皆、仏になります。生前に良くないことをした人でも、何か逃れようのないしがらみのせいでそうなっただけで、根はそう悪くないと思い込みたがります。死に馬に鞭を打たないのが、日本人の良識です。

しかし、ユーラシア大陸の東側に居住する人々の大半には、そういう発想はまずありません。死に馬にいくらでも、いつまでも鞭を打ちます。

宗教人類学の第一人者として知られる佐々木宏幹先生(駒澤大学名誉教授)は、日本人は伝統的に、以下の三種類の仏を考えてきた、という学説を提唱しています。

①如来(ブッダ・阿弥陀如来・大日如来)
②死者あるいは祖霊・先祖霊・遺体
③仏の力によって成仏(じょうぶつ)した死者・祖霊

ようするに、死んだ人も遺体も仏ですし、仏の力によって供養・回向(えこう)されて幸せになった状態も仏。本来のインド仏教以来の如来も、もちろん仏です。この三種類をまとめて「仏」と見なしているのです。

重要な事実は、日本人が、三種類の仏を、厳密に区別してこなかった点です。曖昧なまま、漠然としたままで、今日まできたのです。それこそが日本人にとっての仏なのだ、と佐々木先生は指摘しています。

ところで、お葬式を簡略化し、宗教的な色彩をすっかりはぎとってしまうような傾向の一方で、「手元供養」と称して、遺骨やその加工品を身近に置くことで、心のよりどころとしたり、故人との絆を再確認する供養の方法が登場してきています。自宅保管用ミニ骨壺や納骨ペンダント、遺骨から作られたメモリアル・ダイヤモンドなどです。

この方式ですと、お墓はあってもなくてもかまいませんし、流行している樹木葬や散骨では何も残らないので、心寂しいという人にも、向いています。そこには、こういう具体的なモノというかたちに、死者の霊魂が宿っていると感じとる心情がうかがわれます。

ただし、気になることもあります。死者と生者の距離感に、従来とは異なる傾向が生じてきている気配も感じられるのです。かつて死者の霊魂は、愛しいと同時に恐ろしい存在でもあったので、いつまでも一緒にいてほしいという思いと、どこか遠くで安定した状態になってほしいという思いが、複雑に交錯していました。

その解決法の一つが、死者の霊魂にまつわる領域を主にお寺やお坊さんにゆだねて、ふだんは浄土のような特別な場所にいてもらい、お盆のようなときにだけこの世に戻ってきてもらうという方式でした。

しかし、「手元供養」は、死者とつながるモノと、つねに一緒にいることになります。死者とつながるモノとつねに一緒にいることで、いつまでも死者との距離感がとれない事態が起こるかもしれません。それは、あまり好ましい状態ではないのではないか。わたしはそれを危惧しています。


しししのはなし
 ――宗教学者がこたえる 死にまつわる〈44+1〉の質問』
 正木 晃・著
 クリハラタカシ・絵
 CCCメディアハウス


ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

外貨準備の運用担当者、FRBの独立性に懸念=UBS

ワールド

サウジ非石油部門PMI、6月は57.2 3カ月ぶり

ワールド

ロシア失業率、5月は過去最低の2.2% 予想下回る

ビジネス

日鉄、劣後ローンで8000億円調達 買収のつなぎ融
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 7
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中