最新記事

海外ノンフィクションの世界

私たちは猫が大好きだが、長い間「実用品」「虐待対象」扱いしていた

2018年5月8日(火)21時35分
渡辺 智 ※編集・企画:トランネット

逆に、幸運をもたらすものとして語られることもある。幸運と繁栄を招く「招き猫」や、飼い主の恩に報いた「おけさ」の伝説など、日本にその例が多いのは興味深い。

猫はまた、良くも悪くも女性を象徴するものとして用いられてきた。男性によって、思いのままにならぬ女性を攻撃するための比喩として便利に使われたかと思うと、ヴィクトリア朝のイギリスでは、静かに家を守る理想の母親像として担ぎ上げられたのである。

西洋でペットしての猫が普及したのは、ようやく17世紀末になってから。貴族の間で飼われるようになったが、それ以降も、犬と比べて劣ったものと見なされたり、柔和さという一面のみが愛されたりと、家族の一員として確固たる地位を得るには、かなりの時間を要したのである。

現在のように、多面性を全てひっくるめて猫が愛されるようになった状況について、著者は「階層」や「序列」、「伝統的性役割」の崩壊を大きな要因として挙げ、それが現代の文学作品や漫画などでの猫の扱われ方にも表れていることを指摘している。

最後に、そんな時代の愛猫家たちの心理について考察されている部分をいくつか見てみよう。

trannet180509-3.png

左はタイに伝わる『猫詩集』の19世紀の写本に描かれた猫、右のルイ・ウジェーヌ・ランベール『ランベール夫人のお菓子』はいたずらな子猫の情感を描いている(『猫の世界史』より)

印象的なセンテンスを対訳で読む

以下はそれぞれ『猫の世界史』の原書と邦訳から。

●Victorian-type sentimentality continues to appeal in stories and illustrations, and many dog lovers still cannnot understand why anyone would bother with the self-contained, undeferential cat, but these attitudes are no longer predominant. Most of us would at least like to feel that we do not require unquestioning veneration and obedience from those who share our homes. By good-humouredly accepting feline determination to ignore our wishes, we can gratify our egalitarian feelings without really inconveniencing ourselves.
(ヴィクトリア朝的な愛らしいだけの猫も、物語やイラストの中ではまだ根強い人気があり、また、なぜあんな自分勝手な動物に振り回されなければならないのか理解できないという愛犬家が多いのも事実だ。しかし、どちらの猫観も、もう時代遅れといえる。動物にしても何にしても、一緒に住んでいるものを当然のごとく服従させたいと思う人など、今やあまりいないのではないだろうか。むしろ、猫が言うことを聞かないことを面白がって受け入れたほうが、自分は公平な人間だという満足感を無理なく得ることができるはずだ)

●The charge of cool self-centeredness that in the past would have been a reproach to the cat has now become a tribute to its charm and our own tough-minded realism in accepting an animal that we know will never give us wholehearted devotion.
(「猫は冷淡で自分勝手」と言えば、かつては非難になったが、今ではその魅力を表す褒め言葉だ。それと同時に、動物は全面的献身を与えてくれるものではないという現実を、私たちが率直に受け入れた証である)

●Far from feeling any need to defend their choice of a cat as a companion, contemporary cat lovers plume themselves on their preference.
(現代の愛猫家は、猫を選んだことに、あれこれ言い訳をする必要はない。それどころか、猫好きであることはむしろ自慢の種になっている。)

◇ ◇ ◇

愛猫家にとっては、自分の寛容さを認められたようで、自尊心をくすぐってくれる記述である。しかし、猫好きがマジョリティとなった今、そこに優越感を感じて生きるのか、それとも自分と異なる者を認められるのか。本当に「公平な人間」であるかを試されるのはこれからなのだろう。


『猫の世界史』
 キャサリン・M・ロジャーズ 著
 渡辺 智 訳
 エクスナレッジ

ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

豪小売売上高、5月は前月比0.2%増と低調 追加利

ビジネス

午前の日経平均は続落、トランプ関税警戒で大型株に売

ワールド

ドバイ、渋滞解消に「空飛ぶタクシー」 米ジョビーが

ワールド

インドネシア輸出、5月は関税期限控え急増 インフレ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 10
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中