私たちは猫が大好きだが、長い間「実用品」「虐待対象」扱いしていた
逆に、幸運をもたらすものとして語られることもある。幸運と繁栄を招く「招き猫」や、飼い主の恩に報いた「おけさ」の伝説など、日本にその例が多いのは興味深い。
猫はまた、良くも悪くも女性を象徴するものとして用いられてきた。男性によって、思いのままにならぬ女性を攻撃するための比喩として便利に使われたかと思うと、ヴィクトリア朝のイギリスでは、静かに家を守る理想の母親像として担ぎ上げられたのである。
西洋でペットしての猫が普及したのは、ようやく17世紀末になってから。貴族の間で飼われるようになったが、それ以降も、犬と比べて劣ったものと見なされたり、柔和さという一面のみが愛されたりと、家族の一員として確固たる地位を得るには、かなりの時間を要したのである。
現在のように、多面性を全てひっくるめて猫が愛されるようになった状況について、著者は「階層」や「序列」、「伝統的性役割」の崩壊を大きな要因として挙げ、それが現代の文学作品や漫画などでの猫の扱われ方にも表れていることを指摘している。
最後に、そんな時代の愛猫家たちの心理について考察されている部分をいくつか見てみよう。
印象的なセンテンスを対訳で読む
以下はそれぞれ『猫の世界史』の原書と邦訳から。
●Victorian-type sentimentality continues to appeal in stories and illustrations, and many dog lovers still cannnot understand why anyone would bother with the self-contained, undeferential cat, but these attitudes are no longer predominant. Most of us would at least like to feel that we do not require unquestioning veneration and obedience from those who share our homes. By good-humouredly accepting feline determination to ignore our wishes, we can gratify our egalitarian feelings without really inconveniencing ourselves.
(ヴィクトリア朝的な愛らしいだけの猫も、物語やイラストの中ではまだ根強い人気があり、また、なぜあんな自分勝手な動物に振り回されなければならないのか理解できないという愛犬家が多いのも事実だ。しかし、どちらの猫観も、もう時代遅れといえる。動物にしても何にしても、一緒に住んでいるものを当然のごとく服従させたいと思う人など、今やあまりいないのではないだろうか。むしろ、猫が言うことを聞かないことを面白がって受け入れたほうが、自分は公平な人間だという満足感を無理なく得ることができるはずだ)
●The charge of cool self-centeredness that in the past would have been a reproach to the cat has now become a tribute to its charm and our own tough-minded realism in accepting an animal that we know will never give us wholehearted devotion.
(「猫は冷淡で自分勝手」と言えば、かつては非難になったが、今ではその魅力を表す褒め言葉だ。それと同時に、動物は全面的献身を与えてくれるものではないという現実を、私たちが率直に受け入れた証である)
●Far from feeling any need to defend their choice of a cat as a companion, contemporary cat lovers plume themselves on their preference.
(現代の愛猫家は、猫を選んだことに、あれこれ言い訳をする必要はない。それどころか、猫好きであることはむしろ自慢の種になっている。)
愛猫家にとっては、自分の寛容さを認められたようで、自尊心をくすぐってくれる記述である。しかし、猫好きがマジョリティとなった今、そこに優越感を感じて生きるのか、それとも自分と異なる者を認められるのか。本当に「公平な人間」であるかを試されるのはこれからなのだろう。
『猫の世界史』
キャサリン・M・ロジャーズ 著
渡辺 智 訳
エクスナレッジ
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