最新記事

BOOKS

婚約破棄、辞職、借金、自殺......知られざる加害者家族の苦悩

2018年3月23日(金)17時42分
印南敦史(作家、書評家)

Newsweek Japan

<息子が人を殺しました――。そのとき犯人の家族に何が起こるのか。加害者家族支援NPOの代表が明らかにする実態>

息子が人を殺しました――加害者家族の真実』(阿部恭子著、幻冬舎新書)は、ある大切なことについて改めて考えるためのきっかけを与えてくれる。それは、各種報道メディアから送られてくる情報を、なんとなく受け止めているだけではなかなか気づくことのできないことだ。

殺人事件が起きた場合、当然の流れとして犯人についてのさまざまな情報が行き交うことになる。そしてそれらは、「許せない」というように私たちの感情を過度に刺激することにもなるだろう。それは仕方がないのだが、問題はいつしかそのような憎悪の矛先が、犯人だけでなく、犯人の家族にも向けられていく場合があることだ。


 犯人にも、家族がいる。両親、配偶者、きょうだいなどの犯人の家族は、事件後、どのような人生を送るのか。被害者側の怒りや悲しみ、犯人への憎悪や応報感情の矢面に立たされるのは、塀の中に隔離される犯人ではなく、加害者家族の方なのだ。(4ページ「はじめに」より)

著者は、日本で初めて加害者家族支援を始めた組織だというNPO法人「World Open Heart」の代表。2008年以来、日本中を震撼させた凶悪犯罪、性犯罪、いじめ事件などに関連する1000組以上の加害者家族を支援してきたのだという。つまり本書では、そのような実績を軸に、明らかにされることの少なかった加害者家族の実態が浮き彫りにされているわけである。

まず第一章「家族がある日突然、犯罪者になる」の冒頭で紹介されているのは、早朝の電話によって大きな衝撃を受けることになった老夫婦のケースだ。


 早朝に鳴り響く電話のベル。後藤よし子(60代)は、悪い予感と共に目覚めた。この時間の電話によい知らせはない。
 まず脳裏に浮かんだのは、90歳をすぎた母だ。倒れたりしていないといいが......。(中略)
「○○警察署の......」
 病院ではなく、警察――。受話器の向こうから語られる予想だにしない出来事に、よし子は一瞬、耳を疑った。
 夫の康夫もまた、電話の音に親族の死を覚悟した。しかし、なかなか電話を切らない妻の様子が気になった。
「え? 何でしょう......、おっしゃっている意味がわかりませんけど......」
 よし子は取り乱し、電話の相手に質問を繰り返していた。(中略)
「何の電話だ?」
 康夫は、今にも倒れそうなよし子の体を支えながら問いただした。
 すると妻は、こう言った。
「お父さん、あの子が人を殺しました......」(11~12ページより)

息子の正人が殺したのは、1年ほど前、交際相手としてふたりのもとに連れてきた女性だった。その女性に別の交際相手がいたため、別れ話がこじれたことが原因だった。

アクリル板を隔てての面会時、両親は「僕はやっていない、人殺しなんかしていない!」と訴える姿を期待していたそうだが、それは充分に納得できる話だ。普通の人にとって、あまりにも非現実的なことであるはずだからだ。ところが結果的に、それは動かしようのない事実だと確信する以外になかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国副首相が米財務長官と会談、対中関税に懸念 対話

ビジネス

アングル:債券市場に安心感、QT減速観測と財務長官

ビジネス

米中古住宅販売、1月は4.9%減の408万戸 4カ

ワールド

米・ウクライナ、鉱物協定巡り協議継続か 米高官は署
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中