婚約破棄、辞職、借金、自殺......知られざる加害者家族の苦悩
Newsweek Japan
<息子が人を殺しました――。そのとき犯人の家族に何が起こるのか。加害者家族支援NPOの代表が明らかにする実態>
『息子が人を殺しました――加害者家族の真実』(阿部恭子著、幻冬舎新書)は、ある大切なことについて改めて考えるためのきっかけを与えてくれる。それは、各種報道メディアから送られてくる情報を、なんとなく受け止めているだけではなかなか気づくことのできないことだ。
殺人事件が起きた場合、当然の流れとして犯人についてのさまざまな情報が行き交うことになる。そしてそれらは、「許せない」というように私たちの感情を過度に刺激することにもなるだろう。それは仕方がないのだが、問題はいつしかそのような憎悪の矛先が、犯人だけでなく、犯人の家族にも向けられていく場合があることだ。
犯人にも、家族がいる。両親、配偶者、きょうだいなどの犯人の家族は、事件後、どのような人生を送るのか。被害者側の怒りや悲しみ、犯人への憎悪や応報感情の矢面に立たされるのは、塀の中に隔離される犯人ではなく、加害者家族の方なのだ。(4ページ「はじめに」より)
著者は、日本で初めて加害者家族支援を始めた組織だというNPO法人「World Open Heart」の代表。2008年以来、日本中を震撼させた凶悪犯罪、性犯罪、いじめ事件などに関連する1000組以上の加害者家族を支援してきたのだという。つまり本書では、そのような実績を軸に、明らかにされることの少なかった加害者家族の実態が浮き彫りにされているわけである。
まず第一章「家族がある日突然、犯罪者になる」の冒頭で紹介されているのは、早朝の電話によって大きな衝撃を受けることになった老夫婦のケースだ。
早朝に鳴り響く電話のベル。後藤よし子(60代)は、悪い予感と共に目覚めた。この時間の電話によい知らせはない。
まず脳裏に浮かんだのは、90歳をすぎた母だ。倒れたりしていないといいが......。(中略)
「○○警察署の......」
病院ではなく、警察――。受話器の向こうから語られる予想だにしない出来事に、よし子は一瞬、耳を疑った。
夫の康夫もまた、電話の音に親族の死を覚悟した。しかし、なかなか電話を切らない妻の様子が気になった。
「え? 何でしょう......、おっしゃっている意味がわかりませんけど......」
よし子は取り乱し、電話の相手に質問を繰り返していた。(中略)
「何の電話だ?」
康夫は、今にも倒れそうなよし子の体を支えながら問いただした。
すると妻は、こう言った。
「お父さん、あの子が人を殺しました......」(11~12ページより)
息子の正人が殺したのは、1年ほど前、交際相手としてふたりのもとに連れてきた女性だった。その女性に別の交際相手がいたため、別れ話がこじれたことが原因だった。
アクリル板を隔てての面会時、両親は「僕はやっていない、人殺しなんかしていない!」と訴える姿を期待していたそうだが、それは充分に納得できる話だ。普通の人にとって、あまりにも非現実的なことであるはずだからだ。ところが結果的に、それは動かしようのない事実だと確信する以外になかった。