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料理は科学!スクランブルエッグは空気と塩でこんなに変わる

2017年12月12日(火)17時15分
上川典子 ※編集・企画:トランネット

スクランブルエッグの出来上がりを分ける素因

それでは本書で展開される科学をほんの一部、先述のスクランブルエッグの例でご紹介しよう。

スクランブルエッグの出来上がりを分ける素因を見極めるために、ロペス=アルトはまず卵だけで調理してみる。その結果、「食感は最終的な空気の含有量によって決まる」ことがすぐに明らかになった。

かき混ぜながら加熱すると、卵に含まれていた水分が蒸発して消え、濃密なスクランブルエッグとなる。逆に、気泡を抱え込ませるようにそっと焼けば、ふわふわに仕上がるというわけだ。直感的にも理解しやすい部分だろう。

さて、次なる問題は副食材である。溶き卵に生クリームを加えるといった広く知られる工夫は、明確な科学に支えられている。タンパク質の結合が生クリーム内の脂肪分によって妨げられ、やわらかく仕上がるのだ。

そこで、ロペス=アルトはバターと卵黄を加え、仕上げに風味豊かなクレームフレシェを混ぜ込み、3重の脂肪分により究極のスクランブルエッグを完成させた(そう、彼はクリーミー派だ)。ふわふわ派なら、牛乳を足すといい。牛乳中の水分が蒸気となってふわふわ感に寄与する一方、脂肪分がやわらかさをもたらしてくれる。

さらにもうひとつ、仕上がりに重大な影響をもたらすものがある。塩だ。ふわふわ/クリーミーを問わず、スクランブルエッグから汁気が出てげんなりした経験はないだろうか。あれはタンパク質が不必要に強く結合し、水分を外に押し出した結果なのだ。

では、どうするか。塩を加え、しばらく置いてから調理しよう。詳細はレシピともども本書に譲るとして、塩を加えた卵液が次第に暗く透きとおってくるのは、卵料理を美味しく作るうえで実にありがたい変化なのである。

(J. ケンジ・ロペス=アルトは動画も多く公開している)


印象的なセンテンスを対訳で読む

最後に、本書から印象的なセンテンスを。以下は『ザ・フード・ラボ ~料理は科学だ~』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。これらもロペス=アルト流の料理科学。ぜひ役立ててもらいたい。

●This is it, folks: the one thing that more than any other purchase you can make will really revolutionize your cooking (especially if you often cook, or have ever been afraid of cooking, proteins).
(これですよ、皆さん。これさえ買えば、あなた〔特にタンパク質をよく料理する人、あるいは、タンパク質を料理するのが怖い人〕の料理に真の革命を起こせます)

――キッチンに揃えるべきもののひとつとして、ロペス=アルトは「即時式の料理用温度計」を熱く推している。加熱によるタンパク質変性を正確にコントロールするために不可欠なのだ。

●There's more than meets the eye to the process of roasting starchy vegetables like pumpkin (or, say, sweet potato)---it's not just about softening.
(カボチャ〔やサツマイモなど〕のようにデンプンの多い野菜の場合、焼くという工程には意外な効果がある。やわらかくなるだけではないのだ)

――あらかじめ素材を焼いておくことには3つの効果があり、ポタージュスープがはるかに美味しくなるとロペス=アルトは力説する。その理屈さえわかっていれば、広く応用できる手法である。

●Now, now, I know some odd folks don't like eating chicken skin (surely its most delicious feature!), but I'm here to tell you that regardless of whether you end up eating it or pushing it to the side of your plate, it should stay on the chicken while you cook it.
(はいはい、鶏皮は嫌いだとか言うおかしな人がいるのはわかっています〔一番美味しいところなのに!〕。ただ、ぼくが言いたいのは、食べようが皿の端によけようがどっちでもいいから、とにかく調理するあいだは皮をつけたままで、ということだ)

――周知のとおり鶏の胸肉はパサつきやすい。本書では「63℃を超えるともう終わり」だとまで言い切られている。まずい鶏料理と決別するには、断熱材として働く皮を味方につけなくてはならない。

◇ ◇ ◇

こうしたコツの積み重ねが、料理の格をひとつもふたつも上げるのだ。

なお、本書には「卵と牛乳――朝食の科学」「スープ、煮込み――ストックの科学」「ビーフステーキ、ポークチョップ、チキン、魚――ファストクッキングの科学」の3章が収められているが、IACP(国際料理専門家協会)のクック・ブック賞に選ばれた原書は全9章。つまり、残る6章が続編、続々編として刊行を予定されている。

デザート系には萌えないらしく潔いまでにがっつり系のメニューが並ぶが、それもまたJ・ケンジ・ロペス=アルトらしいではないか。

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『ザ・フード・ラボ ~料理は科学だ~』
 J. ケンジ・ロペス=アルト 著・写真
 上川典子 訳
 岩崎書店

トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
http://www.trannet.co.jp/

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