どんなにサービスが悪くても、チップは15%払うべし
このチップ制がサーバーにとって最も「非情」になるのは、客の側が「チップの額を決める権限」について曲解した場合だ。例えば、最低のサービスを受けた場合はチップをあげなくてもいいという言説。これはレストラン側にしてみれば「都市伝説」レベルの誤解であり、あげなければ客がそのサーバーに「数時間ただ働きさせた」ことになるため、店を出た後に店員が追いかけて来ることさえある。
サービスに不満がある場合は、最低限のチップを支払った上で、サーバーやマネージャーに満足できなかった理由を伝えるのが大人のやり方だろう。理由を言わないままチップを置かない、もしくは15%を少しでも下回る額に減らせば「無知、もしくはケチな客」と思われるだけなので要注意だ。
また、サービスの良し悪しによってチップの額を極端に増減させて、サーバーに大盤振る舞いした気になったり、逆に鉄槌を下した気になっていたとしたら、それもいささか勘違いのようだ。多くの場合、客が払ったチップはそっくりそのままサーバーの懐に入るわけではない。店によってそのやり方は千差万別だが、ニューヨークではチップを一度すべてプールし、営業時間終了後に各種スタッフたちの間で分配するケースが多いという。
チップの分配比率は店の規模やスタッフの人数、サーバーのキャリアや勤務時間などによってさまざまだというが、例えばマンハッタンの中心地にある某有名レストランの場合、その分配比率は65%がサーバー(ウエーターもしくはウエートレス)、15%はバッサー(テーブルを片付ける人)、12%はランナー(食事を持ってくる人)、8%はバーテンダーと決められている。
つまり、すばらしいサーバーに当たってチップの額をはずんだとしても、サーバーの取り分としてはそれほどのボーナスにはならない。逆にサーバーに怒り狂ってチップを減らせば、関係のないスタッフたちにまで連帯責任を強いることになる。ちなみにサーバー個人に感謝の気持ちを直接届けたい場合は、カードなり現金なりでチップを(他のスタッフの分け前分も)満額支払った上で、サーバーにさらなる現金をこっそり渡すのがスマートらしい。
チップは山分けするが、厨房スタッフへの分配は違法
一方で、一部のレストランがチップ制廃止に踏み切ったのは、1つにはサーバーというよりキッチンで働く厨房スタッフを考えてのことだという。
アメリカの連邦法はプールされたチップを厨房スタッフやマネージャーと分配することを禁じており、客が「料理に満足」してチップを上乗せした場合でもシェフの懐には入らない(これは少なくとも建前上で、実際には違法な分配もまかり通っているようだが)。特にチップが高額になる高級レストランでは接客職の収入が厨房スタッフの収入をはるかに上回ることがあるため、収入格差を是正する意味でもすべてのスタッフを時給制に変えたいそうだ。
またもう1つの理由は、ニューヨーク州が定めるファストフード業界の最低賃金が2018年までに15ドルに上がるなか、高級レストランの厨房スタッフの時給がその額に追いつかなくなること。例えばマイヤーの店の1つで昨年ミシュラン2つ星を獲得した「ザ・モダン」では、厨房スタッフの平均時給はなんと11.75ドル。チップ制を廃止してスタッフ総時給制にすることで、これをファストフードと肩を並べる15.25ドルに上げていくという。