最新記事

アメリカ社会

どんなにサービスが悪くても、チップは15%払うべし

2016年1月25日(月)15時42分
小暮聡子(ニューヨーク支局)

 このチップ制がサーバーにとって最も「非情」になるのは、客の側が「チップの額を決める権限」について曲解した場合だ。例えば、最低のサービスを受けた場合はチップをあげなくてもいいという言説。これはレストラン側にしてみれば「都市伝説」レベルの誤解であり、あげなければ客がそのサーバーに「数時間ただ働きさせた」ことになるため、店を出た後に店員が追いかけて来ることさえある。

 サービスに不満がある場合は、最低限のチップを支払った上で、サーバーやマネージャーに満足できなかった理由を伝えるのが大人のやり方だろう。理由を言わないままチップを置かない、もしくは15%を少しでも下回る額に減らせば「無知、もしくはケチな客」と思われるだけなので要注意だ。

 また、サービスの良し悪しによってチップの額を極端に増減させて、サーバーに大盤振る舞いした気になったり、逆に鉄槌を下した気になっていたとしたら、それもいささか勘違いのようだ。多くの場合、客が払ったチップはそっくりそのままサーバーの懐に入るわけではない。店によってそのやり方は千差万別だが、ニューヨークではチップを一度すべてプールし、営業時間終了後に各種スタッフたちの間で分配するケースが多いという。

 チップの分配比率は店の規模やスタッフの人数、サーバーのキャリアや勤務時間などによってさまざまだというが、例えばマンハッタンの中心地にある某有名レストランの場合、その分配比率は65%がサーバー(ウエーターもしくはウエートレス)、15%はバッサー(テーブルを片付ける人)、12%はランナー(食事を持ってくる人)、8%はバーテンダーと決められている。

 つまり、すばらしいサーバーに当たってチップの額をはずんだとしても、サーバーの取り分としてはそれほどのボーナスにはならない。逆にサーバーに怒り狂ってチップを減らせば、関係のないスタッフたちにまで連帯責任を強いることになる。ちなみにサーバー個人に感謝の気持ちを直接届けたい場合は、カードなり現金なりでチップを(他のスタッフの分け前分も)満額支払った上で、サーバーにさらなる現金をこっそり渡すのがスマートらしい。

チップは山分けするが、厨房スタッフへの分配は違法

 一方で、一部のレストランがチップ制廃止に踏み切ったのは、1つにはサーバーというよりキッチンで働く厨房スタッフを考えてのことだという。

 アメリカの連邦法はプールされたチップを厨房スタッフやマネージャーと分配することを禁じており、客が「料理に満足」してチップを上乗せした場合でもシェフの懐には入らない(これは少なくとも建前上で、実際には違法な分配もまかり通っているようだが)。特にチップが高額になる高級レストランでは接客職の収入が厨房スタッフの収入をはるかに上回ることがあるため、収入格差を是正する意味でもすべてのスタッフを時給制に変えたいそうだ。

 またもう1つの理由は、ニューヨーク州が定めるファストフード業界の最低賃金が2018年までに15ドルに上がるなか、高級レストランの厨房スタッフの時給がその額に追いつかなくなること。例えばマイヤーの店の1つで昨年ミシュラン2つ星を獲得した「ザ・モダン」では、厨房スタッフの平均時給はなんと11.75ドル。チップ制を廃止してスタッフ総時給制にすることで、これをファストフードと肩を並べる15.25ドルに上げていくという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中