教職員や卒業生の子供が「合格しやすい」のは本当?
この中で4はごく一部の音楽エリートの学生しか関係がないのですが、音楽エリートと言っても、音楽専攻でプロのチェリストを目指すというのは少数派で、ほとんどは名門大学への受験を意識してやっていることになります。
期待される学生像「伝統の継承者と破壊者」
アメリカの大学の愛校心は非常に強いものがあります。特に名門と言われる大学になればなるほど、同窓生組織が充実しており、毎年の同窓会だけでなく、学校によってはマンハッタンの五番街などの超一等地に「同窓生クラブ」を設けて社交の中心としたり、自分の車に出身校のステッカーを貼ってみたり、大変な愛校心を持っているわけです。
その背景には、大学で学んだ内容や獲得した人脈が終生にわたって意味を持つということもありますし、何よりも密度の濃い学生生活4年間の記憶が社会人になっても残っていくということもあるでしょう。
そうした愛校心を支えているのが「伝統」です。
各大学には様々な「伝統」があり、その中にはピアノをぶっ壊す(MIT)とか、裸で駆けまわる(以前のプリンストン)というような「プランク(手の込んだ悪ふざけ)」の伝統、あるいは大学のスポーツチームの応援といったカジュアルなものもあります。
そうした悪ふざけの伝統は、卒業してからも続き、プリンストンの場合は同窓会の際に、いい年をした卒業生が大学前の目抜き通りであるナッソーストリートを仮装して練り歩くなどという伝統まで残っています。
それはともかく、学生を紳士淑女として扱うとして期末試験などの試験監督を置かない(プリンストン)、あるいはムリをしてでもレベルの高い科目を選択するのが当然(コロンビア)などといった学業に関するものももちろんあります。
さらに、スクールカラーや校章といったものへの強い愛着もあります。
そうした愛校心を支えるものとして、各校の伝統を継承していくという姿勢があります。大学が合格者を選抜するにあたって、「レガシー枠(Legacy Admission)」というものを設けているのはそのためです。
この「レガシー枠」というのは、教職員の子女を優遇するとか、親子2代、いや3代4代にわたる同窓生一家の出身者を優遇するというもので、ある意味では「人間は皆平等」という社会的な価値観とは少し違う考え方です。
もちろん、これは基本的に私立大学に限られる話ですが、アメリカ社会はこうした「レガシー枠」という考え方には比較的寛容です。というのは、そうした3代4代にわたる同窓生一家が持っている「伝統」という目に見えない価値を大切にすることは、回り回って「全体に貢献する」ことになるからという漠然とした合意があるからです。
ですが、そうは言っても「レガシー」だけで合格にしていては大学全体の力が落ちていってしまいます。