最新記事

セクシュアリティ

歴史の中の多様な「性」(3)

2015年12月2日(水)16時06分
三橋順子(性社会・文化史研究者)※アステイオン83より転載

 こんな「川の流れの図」を描いてみると、「女色」と「男色」の対置構造や可変性、「娘」と「若衆」の服装の類似(髪形・振袖)などが説明しやすくなる。

 しかし、こういう説明をすると「若衆だって体は男じゃないか。だったら川の同じ側だろう」という反論が必ず出てくる。それに対して私は「そうした性別の身体構造決定主義こそが近代思想なのではないでしょうか」と問いかけたい。

 現代の男の子、女の子は、幼児の頃から大人の男性と女性のミニチュア版のような恰好をしている。それに対して、前近代では、庶民の男の子と女の子のファッションの違いは大きくない。髪形も服装も似たようなものだった。それより子供と大人のファッションの違いが大きい。とりわけ、男の子は元服によって、髪形や服装(袖の丈や模様)が大きく変わる。藤本箕山『色道大鏡』(一六七三‐八一年頃)には「前髪を落とし、男に成より」とあり、「若衆」は元服によって「男に成る」ことが記されている。つまり、元服前の「若衆」は「男」ではないことになる。

 さて、「若衆」は「男」ではないということになると、大人の男と若衆の性的関係(男色)において、お互い相手を「同性」(同じカテゴリーの人)とは思ってはいないのではないか? という疑いが濃厚になる。そうであるならば、男色は「同性愛」ではないことになる。

 さらに言えば、前近代の日本では「同性」という言葉はほとんど使われない。そもそも「性」という言葉にsex(身体的性)もしくはgender(社会的性)という意味がない。「性」は「しょう」であり、和訓すれば「さが、たち」である。「本性(ほんしよう)」とか「習性(ならいしよう)」という言葉があるように「そのものの本質・属性」という意味だ。あえて言えば、その「本質・属性」の一部にsexもしくはgenderが含まれることがあるということ。「性」がsexもしくはgenderという意味になってくるのはだいたい幕末以降のことである(齋藤光「性」『性の用語集』講談社現代新書)。だから仮に「同性」という言葉があったとしても、それは「どうしょう」と読んで「同じような属性を持っている人」、たとえば仁義に篤い人という意味にしかならない。

 まとめるなら、前近代の日本では「同性愛」という概念は存在しない、いや、し得ないと言った方がいい。男性同士の性愛は「男色」として概念化されていたが、それは成人した男性と元服前の少年の関係が主で、成人男性同士の性愛を中心とする「男性同性愛」とはかなり異なる。「男色」は文化的、環境的な要素が強く影響していて後天的かつ可変的である。それに対して「同性愛」は先天的かつ不変的とされている。「男色」と「同性愛」は似て非なるものなのだ。

※第4回:歴史の中の多様な「性」(4) はこちら

[執筆者]
三橋順子(性社会・文化史研究者)
1955年生まれ。専門はジェンダー/セクシュアリティの歴史。中央大学文学部講師、お茶の水女子大学講師などを歴任。現在、明治大学、都留文科大学、東京経済大学、関東学院大学、群馬大学医学部、早稲田大学理工学院などの非常勤講師を務める。著書に『女装と日本人』(講談社)、編著に『性欲の研究 東京のエロ地理編』(平凡社)など。

※当記事は「アステイオン83」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『アステイオン83』
 特集「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中