最新記事

BOOKS

日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

2015年11月24日(火)15時55分
印南敦史(書評家、ライター)

 日本では、子どもが路上で泣いているわけではなく、今は安い服もありますし、オシャレだったり携帯電話も持っていたりして、困窮状態にあるかどうかは見た目でははっきりと分からない場合も多い。(中略)だから「ない」とか「たいしたことない」とかになってしまう。本人にもプライドがあって隠そうとします。(中略)それで助けを求めずに状況を悪くし、疲れて絶望的になって家族内で荒れたりします。(74ページ「識者インタビュー 教育予算の大幅増と学校機能の拡充を 東京大学教授 本田由紀さん」より)

 現代の貧困が目に見えにくいという話はよく聞くが、たしかに高校生が携帯電話をいじっている姿は貧しそうに見えないだろう。しかし現実問題として、アルバイトのシフト変更などを知るために必要な携帯電話は彼らの大切なライフラインだったりもする。つまり、誤解に直結しやすいひとつひとつの"イメージ"が、彼らの実態を不明瞭なものにしているわけだ。

 しかし、そのような状況に心を痛めながら読み進めていくと、第四章「幼い命育む砦に」で読者はさらにショックを受けることになるだろう。なぜならここでは、小中高生だけでなく、就学前の幼児にまで貧困の影響が及んでいることが明らかになるからである。


「先生、孫だけでも夜、保育園に泊めてもらえませんか」
 五歳児クラスの純の祖母の直子が、重い足取りで入って来るなり、切り出した。
(中略)
「一カ月前から、家族で車の中で寝泊まりしているんです」
 車上生活と聞いて、ベテランの園長の鈴木も、思わぬ事態に一瞬言葉を失った。
(中略)
「消費者金融からの借金が返済できず、家を手放して立ち退くしかなかったんです」
 直子は車上生活に追い込まれた理由を話した。その後は、トイレと水道が使える公園に車を止めて、寝泊まりしていた。(220~221ページより)

 いくら子どもとはいえ、いや、子どもだからこそ、車の座席がベッド代わりでは熟睡できるはずもない。ストレスもたまるだろうし、健全な成長は望めないだろう。しかし現実に、そういう子がいるのだ。

 以後もさまざまな境遇に置かれた子どもが紹介されるが、食事を与えられなかったり、風呂にも入れなかったり、ボロボロの服を着続けているような子が予想以上に多いことに衝撃を受ける。

 政府は「アベノミクス」によって景気が回復傾向にあると強調するが、だとすればここで明らかにされている子どもたちの状況についてはどう説明できるのだろう?

 しかも問題は、本書のタイトルにもある貧困の連鎖だ。「あとがき」で著者も書いているとおり、親に経済力がなかった場合、子どもは人生のスタートラインから差がついてしまう。そしてそこから連鎖がはじまり、将来も生活に苦しむという貧困の連鎖が生まれがちだ。

 だからこそ、連鎖を断ち切ることが急務だ。貧困の連鎖を止めるために教育の保障を改善し、子どもたちを連鎖から抜け出させること。それこそが、いま求められることなのではないだろうか。「一億総活躍」などとおめでたいことをいうのは簡単だが、まず先にすべきことがあるはずだ。

 ひとりでも多くの方に本書を読んでいただきたいと感じている。もしも身近に子どもがいなかったとしても、これはすべての日本人の将来を左右する重大な問題であるからだ。

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『子どもの貧困連鎖』
 保坂 渉、池谷孝司 著
 新潮文庫

<この執筆者の過去の人気記事>
イスラム過激派に誘拐された女性ジャーナリストの壮絶な話
SEALDs時代に「情けない思いでいっぱい」と語る全共闘元代表
ゲイバーは「いかがわしい、性的な空間」ではない

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ空軍が発表 初の実

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数

ビジネス

米国は以前よりインフレに脆弱=リッチモンド連銀総裁

ビジネス

大手IT企業のデジタル決済サービス監督へ、米当局が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「ワークライフバランス不要論」で炎上...若手起業家、9時〜23時勤務を当然と語り批判殺到
  • 4
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    クリミアでロシア黒海艦隊の司令官が「爆殺」、運転…
  • 8
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 9
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 10
    70代は「老いと闘う時期」、80代は「老いを受け入れ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国」...写真を発見した孫が「衝撃を受けた」理由とは?
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    建物に突き刺さり大爆発...「ロシア軍の自爆型ドロー…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶり…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中