最新記事

カルチャー

今だからギリシャが熱い!

映画『タイタンの戦い』を始め、数千年前の神話にハリウッドや出版業界がホットな視線を送る理由

2010年4月28日(水)13時13分
ジェレミー・カーター

想像力の限界に挑む ギリシャブームを象徴する3D超大作『タイタンの戦い』(4月23日公開) © 2010 WARNER BROS ENTERTAINMENT INC AND LEGENDARY PICTURES

 古代ギリシャの発明品といえば、チーズケーキと演劇と民主主義。もし著作権も発明していたら、子孫たちはここまで苦労しなかっただろう。

 財政危機にあえぐギリシャのヨルゴス・パパンドレウ首相は3月、国の破綻を防ぐために国民の「結束」を訴えた。これに応えて国民は結束した──一斉にストライキと街頭デモに訴えたのだ。

 その間にも、国外では出版社や映画会社がギリシャ神話を利用して荒稼ぎしている。4月2日に全米公開されるリメーク版の3D超大作『タイタンの戦い』は、このギリシャブームのハイライトだ(日本公開は4月23日)。古代ギリシャが売れまくっているのに、現代のギリシャは借金地獄というのは何とも皮肉な話だが、実は「皮肉」もギリシャの発明品だ。

 古代ギリシャは西洋文化の隅々にまで深い影響を与えている。ギリシャの遺産は、いわばステージ用の道具が詰まったトランクだ。小道具や衣装は役者の好みや時代に合わせて変幻自在。あらゆるストーリーや演出に対応できる。

 19世紀イギリスの詩人パーシー・シェリーはギリシャ独立運動への関心を高めるために、アイスキュロスの悲劇『縛られたプロメテウス』を翻案した。ジェームズ・ジョイスはホメロスの『オデュッセイア』の枠組みを借り、20世紀モダニズムの傑作『ユリシーズ』(22年)を書き上げた。

 時代が下って81年には、ハリウッドがペルセウス神話を基にオリジナル版『タイタンの戦い』を製作している(主演男優の茶色い髪を見せびらかす以外、意図が分からない代物だったが)。

 そしてここ数年、芸術家は以前にも増してギリシャという名のトランクを引っかき回している。けれども書店や劇場に登場した作品を見れば、共通するのは「神々や英雄の物語は共感を呼ぶ」という思い込みだけだ。

ハリウッドがホメロス好きな理由

 ギリシャ神話には今も人を感動させる力があると、作家や映画監督は思っている。だが時を超えて感動を呼ぶためには、まず古代の物語に生命力を吹き込んだ精神を突き止め、それを時代に合わせて「翻訳」しなければならない。

 最近の作品を見る限り、作り手には神々の助けが必要なようだ。ホメロスが『オデュッセイア』の冒頭で、「われらが時代のためにも歌いたまえ」と文芸の女神ムーサに訴えたように。

 彫像や遺跡だけを見ても、古代ギリシャの豊饒さとエネルギーは理解できない。ギリシャの栄光を今に伝えるのは、何よりも想像力豊かな文学、特に詩と演劇だろう。

 ホメロスは叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』で、神々と人間が共謀し、戦い、交合する世界を描いた。超自然のスペクタクルと高尚なドラマが融合した物語は飛び切り映画向きだから、ハリウッドが食指を動かすのもよく分かる。ただし、簡単に料理できるとは限らない。

 例えば、『イリアス』を映画化した04年の『トロイ』。ノンフィクション作家のキャロライン・アレグザンダーは新著『アキレスを殺した戦争』で、「『イリアス』で起きることはすべて神々の差し金だ」と書いた。だが映画は神々を排除し、トロイア戦争を人間の心理で説明しようとして失敗した。

 主人公のアキレスは半神半人の殺戮マシン。戦場ですさまじい凶暴性を発揮するからこそ、戦いに対する後悔の念が胸を打つのだが、ブラッド・ピットのアキレスはまるで怒りっぽいサーファーだった。

社会の不安を浮き彫りに

 古代ギリシャ人は未知なる美しいものに驚嘆できる感性をもって神秘の世界を探究した。ギリシャの精神を今に伝え、神話に作者が込めたメッセージを感じ取るためには、こうした感性をもっと自由に羽ばたかせるべきだろう。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中