最新記事

BOOKS

本を読むなら、自分の血肉とせよ。『三行で撃つ』著者の「抜き書き」読書術

2021年3月11日(木)17時50分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

sangyobook20210311-3.jpg

近藤康太郎氏の「抜き書き帳」 撮影:朴敦史


たとえばわたしの場合、前作の『アロハで猟師、はじめました』を執筆している最中は、狩猟の話なのであるから、それが文化人類学のレヴィ=ストロースやモースらの著作と関連づけられるのは容易に想像がつく。そこに、大岡昇平や埴谷雄高のような戦後文学の大家の本が「くっつく」。フロイトやラカンの精神分析学と「つながる」。代数学や幾何学の本を「吸い寄せる」。

くっつく。つながる。吸い寄せる。(262ページ)

先のレポートの例で考えるならば、別個にあった「資料A~C」が、デスク上に集められ、主題のもとで「くっつく」。書くうえでリサーチをするにつれ、異分野の別の「資料D」が「つながる」。「資料D」が、また別の「資料E」を「吸い寄せる」。

こうしたことを書棚で日常的に行う。本の並び替えを物質的に可視化することに意味がある。

著者に言わせれば、書棚は可視化された脳だからだ。己の脳内で起きていること、つまり思考回路を客観視することは、自分を発見することにつながるのだという。

抜き書きをすれば、自分が〈分かる〉。自分が〈変わる〉

書棚整理だけでも十分に実践する価値はあるだろう。しかし、『三行で撃つ』では、脳内ネットワークをさらに強化する重要な道具として「抜き書き帳」を紹介する。

まず、本を読みながら、徹底的に線を引き、汚す。特に重要だと思った箇所はページを折っていく。しばらく時間をおいてから、マークした場所を読み返す。そのときにやはり感動した文章やロジックを「手書き」で手帳に書き写していく。

こうして出来た手帳が「抜き書き帳」だ。アナクロな手法だが、必ず筆写せよという。「手で書く」ことで、本を読む行為が、他者の思考をなぞるという表層的な体験から、ほんの少しだが、変わる。

朝日新聞紙上で、名物人気コラム「多事奏論」や「アロハで猟師してみました」を担当する著者は、自らの文章を「汗で書く」と表現し、実際、肉体を伴った実感からしか論を展開しない。

著者にとって、思考と身体は切り離せるものではない。ゆえに「深く読む」こともまた、肉体を伴う。結果として、「文章を書くという作業は、激しく肉体的なものだ」という。


「写メ」で撮ってはならない。スキャナーで読み込み、コンピューターにデジタルテキストとして保存するのでもない。それでは電子書籍と同じだ。単なる、蓄積されたデータである。ストックであってフローではない。脳内を動き回らない。

脳内ネットワークとして、文章同士がくっつき、つながり、またほかの文章や思想を引き寄せるキャリアー(運び手)を創ろうとしているのである。そのためには、手を使わなければならない。時間をかけなければならない。ゆっくり読み、書かなければならない。

それが手書きの抜き書き帳だ。(267ページ)

「抜き書き」には、即効性はない。しかし、しばらくすると、つながりも何もない文章が「くっつく」瞬間があるという。例えば、日本の選挙についてのコラムを書いていて、チェコの大統領の回顧録や、アメリカの沖仲仕の日記がつながるようなことがある、と。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中