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社会人教授が急増しているのはなぜか──転換期の大学教育

「需要と供給」の原理だけが理由では、大学の崩壊を招く

このような事情の中で、社会人が大学教授として採用されるようになった。

前述したように、「大学設置基準」に挙げられる「教授の資格」5項目のうちの1つは「専攻分野について、特に優れた知識及び経験を有すると認められる者」とされており、必ずしもアカデミックな要素が求められていない。

この項目(第五号)は、1985年の大学設置基準改正により新たに付け加えられたものであり、その目的は、社会人が大学教授になることを容易にするためであったからである。後に、大学審議会自らがこの第五号の追加について「社会人を大学の教授や助教授に採用することが容易になった(大学審議会[1991:221])」と自賛していることからも明らかである。

続く1991年の「大学設置基準の大綱化」により一般教育科目や教養課程の縮小や廃止の傾向が強まり、一方で専門教育科目が強化されてゆく。この専門教育科目の強化は大学の実学化傾向を促し、学外で社会人経験を積んだ社会人教授の採用に拍車をかけることになったのである(出典:松野[2010:132])。

社会人教授をはじめとした大学教授の数が急増した背景として「進学者数の増加」とそれに伴う「大学数増加」という「需要」があったことを述べてきた。しかしこのような「需要」によって大学教授の数が増えることについては、より深い考察が必要であろう。

もちろん、どのような市場分野においても「需要と供給」の原理は存在し、それは大学をはじめとする高等教育機関においても例外ではない。しかし「最高学府」とそれを構成する研究者であり教育者である「大学教授」が「不足している」という理由だけで供給されたとすれば、それは大学の質の低下を招き、大学教授の粗製濫造という誹りを免れないであろう。

事実、大学と大学教授の本当の価値は「大学氷河期時代」に問われることになった。18歳人口は1992年をピークに減少に転じ、受験者数も減少傾向に入る。しかし大学数は増加を続けたため、選り好みしなければ誰でも大学に入れる「大学全入時代」が到来したと言われるようになった。

しかし詳細に見ると、国公立大学が微増であったのに対し、私立大学・私立短大の著しい急増が目立つ。従って「大学全入時代」に伴う入学定員割れや大学経営危機も、目下のところ私立大学で深刻な問題となっている。すでに私立大学の約4割、私立短大の約6割が定員割れを起こしている(出典:松野[2010:113])。

受験料収入や学費収入は大学を経営するための重要な財源である。そのため経営危機に見舞われた一部の私立大学では「受験生集め」に奔走している。より多くの受験生を集めるために、受験科目数を削減し、「一芸一能入試」やAO(アドミッション・オフィス)、さまざまな推薦入試を行って、入学者の確保に必死である。

そのイベントで特徴的なのは、一部の私立大学にみられるように、年に10回程度のオープンキャンパスを開催して、志願者を大学に集めようとしていることだ。大手の有名私立大学はせいぜい、2~3回程度の開催だ。

有名女性タレントやスポーツ選手等を入学させる「イメージ戦略」もしばしば耳にする。また、「就職に強い大学」を謳う大学も多くみられる。学生に対する就職対策に注力して就職率を上げることで、受験生に盛んにPRしようというものである。

その就職対策の「即戦力」として社会人教員が招聘される機会が年々増加傾向にあるというわけだ。特にそれが著名人であった場合には、「大学の広告塔」の役割も果たせるため一石二鳥ということになる。

しかし、大学が受験生や学生にPRすべきものは本来このようなものではなく、学生の知的好奇心を刺激し、知を探求する喜びを教授し、人生をいきるための「知」の教養を伝授する「最高学府」としての姿であるべきである。


『講座 社会人教授入門――方法と戦略』
 松野 弘 著
 ミネルヴァ書房

[筆者]
松野 弘
博士(人間科学)。千葉大学客員教授。早稲田大学スポーツビジネス研究所・スポーツCSR研究会会長。大学未来総合研究所所長、現代社会総合研究所所長。日本大学文理学部教授、大学院総合社会情報研究科教授、千葉大学大学院人文社会科学研究科教授、千葉商科大学人間社会学部教授を歴任。『「企業と社会」論とは何か』『講座 社会人教授入門』『現代環境思想論』(以上、ミネルヴァ書房)、『大学教授の資格』(NTT出版)、『環境思想とは何か』(ちくま新書)、『大学生のための知的勉強術』(講談社現代新書)など著作多数。

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