最新記事

海外ノンフィクションの世界

科学に頼らない「不安との付き合い方」を説く元エクストリームスキーヤー

2018年11月9日(金)17時05分
高崎拓哉 ※編集・企画:トランネット

Kristen Ulmer-YouTube

<思考の力で恐怖をコントロールしようとするのは間違いだと、北米初の女性エクストリームスキーヤーとして活躍したクリステン・ウルマーは言う。不安の「声」に耳を傾けよというが、それは果たしてどんな手法なのか>

漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の名キャラクターで悪役のDIO(ディオ)は、人の生きる意味とは「不安や恐怖の克服」だと言った。名声を得るのも、友人や家族をつくるのも、すべては「自分を安心させるため」だと。

この人類の大命題ともいえる「不安との付き合い方」に真正面から取り組んだのが、12年間、決められたコースのない高山の斜面を滑降するエクストリームスキーの選手として活躍し、後に「マインドセット・ファシリテーター」に転じたクリステン・ウルマーによる『不安を自信に変える授業』(筆者訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)だ。

不安の克服を謳うワークショップや書籍は数多い。ところがその多くは、理性や知恵を使って不安の正体を科学的に解明し、思考の力で恐怖をコントロールしようというものだ。ウルマーは、こうした手法に真っ向から異議を唱える。

北米初の女性エクストリームスキーヤーとして、命がけの体験を繰り返し、その過程でときに不安を追い求め、ときに押し込めてきたウルマーは、不安という感情の問題を解決するのに、思考や理性を用いるのは完全な誤りだと断言する。

ウルマーは、人間とは1万人の社員からなる企業であり、思考も、コントロールも、喜びも、そして不安や怒りも、本質的にはその平等な一社員にすぎないと定義する。ところが思考などの「いい」社員ばかりを優遇し、不安や怒りを「悪い」社員とみなして窓際に追いやってきた結果、現代社会では不安障害や暴力事件など、虐げられた不安や怒りのゆがんだ発露が多くみられると訴える。

問題は不安そのものではなく、不安を拒絶したり、押し込めたりしようとする反応のほうにある――。そう考えるウルマーは、不安感情という社員の「声」にきちんと耳を傾けてやりさえすれば、ゆがんだ自己表現はやみ、不安がいつまでも体の中に居残ることはなくなると言う。

ウルマーは、不安をはじめとするネガティブな感情に対して、積極的に働きかけようとは言わない。不安や怒りを感じるのは楽しいことだとも言わない。ただ体で不快感を味わい、不安や怒りの声を聴き、さらにはその声に「なる」ことができれば、ホースを水が流れるように、感情は自然と消えていくと言う。

そして、ただネガティブな感情が消えるだけでなく、そうした感情を学びや成長の材料にすることもできると主張する。正しい姿であらわれた不安や怒りは、賢明な判断や、モチベーションにつながるというのだ。そうした「頭脳という知性」とは一線を画した「感情的知性」を活用できれば、自分のポテンシャルをフルに発揮できるようになると著者は言う。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 6
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 9
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中