最新記事
BOOKS

究極の遅読は「写経」──人生を豊かにする「遅読」4つのテクニックとは?

2023年3月8日(水)09時30分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

(3)音読する──古典、漢文に近づく

速読法では音読してはならない。遅読でも基本的には黙読するのが望ましい。だが、どうしても意味の取れない本、読めない本は、音読するのがひとつの手かもしれない。

先にも引いた源氏物語を、わたしはあるとき、むしょうに読みたくなった。現代語訳ではなく、原文で、紫式部の文章で読みたい。

しかし、これはきわめて難事だった。紫式部は、敬語の教科書といわれるほどにきらびやかで正確な敬語を使い分けて書いた。

それはすなわち、主語を省略しまくっていることも意味する。平安朝の教養ある貴族は、敬語の使い方で主語や目的語が特定できる。だから、わざわざ書く必要はない。かえって煩瑣(はんさ)になるので省く。

つまり、この本は、読者を選んでいるのだ。昭和文学の大家である正宗白鳥も、源氏物語を「古今東西にあり得ない最高の小説」と称えているが、白鳥は、アーサー・ウェイリーによる英語訳で読んでいた。そして、式部の文章はとても読めないとも言っている。

文学史上の大教養人ですらそうなのだから、わたしが苦労するのはあたりまえ。であれば、堂々と、ゆっくり、音読する。現代語訳を先に読んで参考にするのがいい。脚注も同時に読んでおく。

なにも大学受験をするわけではない。現代語訳を先に読んで、大意をつかみ、ゆったりした気持ちで、楽しんで、朗々と声を響かせる。わたしのお気に入りは、風呂場で朗読することだ。声が響く。

強調しておかなければならないが、わたしはなにも、高校時代に古文や漢文の成績がよかったわけではない。高校にはほとんど登校さえしなかったので、全般的に成績は悪かったが、とりわけ古文は苦手だった。

それがいま、この方式で式亭三馬を読み、西鶴を読み、本居宣長、上田秋成、世阿弥、鴨長明、吉田兼好、平家物語と時代をさかのぼってきて、世界に冠たる宮廷文学の最高峰を音読している。こんなことは、だれでもできる。

こつがある。ひとつだけある。あきらめないこと。続けること。つまり、馬鹿になることである。

そもそも、昔の人の読書も、これに似たものだった。論語、孟子、大学、中庸、詩経、書経、易経、春秋、礼記。これらの書物を、 素読(そどく)する。ただ、声に出す。朗読する。声帯を震わせる。

内容など分かっていない。いずれ分かるときがくるのかどうかも、分からない。気が遠くなるような読書体験だ。

これを、すべての読書でまねしようとは思っていない。ただ、源氏物語や論語や聖書、仏典などは、音読するだけで気持ちのよくなるリズムが埋め込まれているものだ。そうでもなければ、1000年、2000年と読み継がれていない。

本を読むとは、結局、人類を信じるということだ。人間に信をおくということだ。自分の判断力などあてにしない。しかし、わたしたちの先輩は信用する。いままで人間が読み継いできた本は、安心して、ゆっくり、意味が分からずとも、音読する。時間ほど、世の中に信用できる批評家はいない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中