仕事ができる人は実践している 「お世話になっております」より効果的なメールの書き出し
糸井氏の仕事相手は大企業の人たちが多いはずだ。すでに2003年の時点で、こうしてジョークのネタにできる程度には、初対面の相手にも「お世話になっております」を使うビジネスメールが氾濫していたのだろう。
「黒のリクスー女子」の発生と時期が被るワケ
すこし話は変わるが、大学ジャーナリストの石渡嶺司氏が日本経済新聞のウェブ版に寄稿した「リクルートスーツはいつ黒になった?(下)」という記事がある。
こちらによると、就職活動にのぞむ女子学生の間で黒のリクルートスーツを着用する風潮がひろがりはじめたのは1998〜2000年ごろから、さらに2002〜2004年にこの服装が一気に多数派になったという(私自身がこの時期に就職活動をおこなった世代なので、実感としてもよくわかる)。
日本の就活女子の外見が、北朝鮮の女性兵士さながらに同じ服装と髪型できっちり統一されていった時期と、ビジネスの場で「お世話になっております」式のメール定型句が一気に市民権を得た時期が、ほぼ同時期なのは興味深い。
当時はネットが普及した直後だ。ことによると、この時点でのYahoo! Japanの検索結果の上位に表示されていた情報を大学生や若手社会人がみんな読んだことで、ビジネスメールの定型句や就活ファッションが非常に短期間のうちに標準化され、全国的にひろまった――。
などといった、文化の伝播を考えるうえで興味深い現象が起きていた可能性もある。
「お世話になっております」が有効なケース
さて、私が「お世話になっております」の起源を延々と論じたのは、この表現が日本の由緒ただしき礼儀作法でもなんでもないことを、読者に伝えたかったからだ。メールを送る相手と人間的な信頼関係を築きたい目的がある場合などは、マニュアル通りの表現があまり好ましくない場合も多い。
もっとも、ときには無個性な定型句こそが必要、というケースもないではない。
まずは「お世話になっております」「よろしくお願い申し上げます」のセットを使うべき局面について考えていこう。
①個性を強調しないアプローチが求められる場合
たとえば、就活生や若手社員などが、純粋に事務的な内容のメールを送るケースだ。
メールを受けとる人事担当者や上司の気持ちを想像してほしい。まずは指示通りに動くことが期待される若手からの事務連絡で、妙に尖った個性を主張されたり、馴れ馴れしく振る舞われたりしても迷惑なだけである。
ほか、取引先の担当者とほとんど面識がなく、ルーチン化したやりとりが延々と続いている場合も定型表現を使っていい。ある日いきなり「昨日はペットの犬(ララちゃん5歳)の誕生日でした」と、やたらに人間的な話を書かれても反応に困るだけだろう。
こうした、記号的な定型文こそ必要とされる局面では、メールを書く側がとるべき振る舞いもみえてくる。どうせ無個性な文章を書くなら、より無難で礼儀正しいイメージをあたえたほうがTPOにかなうはずだ。