人間には簡単だが機械には苦手なこと、その力を育むものこそ「数学」だ
ピ: AIという言葉は1956年のダートマス会議で名付けられたと言われているんやけど、まあコンピュータが発明されたのが1940年代や。初期のコンピュータは工場ぐらいの大きさで毎秒数百回の計算しかできんかったんやけど、それでも人間と比べたらすごいスピードや。そしてどんどん性能が上がっていくので「これはもしや、人間と同じように物事を考える機械もできるかもしれん!」とみんなが考え、期待しても不思議はあらへん。コンピュータの進歩のスピードを見ると、鉄腕アトムみたいなロボットができるのもそんなに遠い未来ではないように思えた。
ところがや。
環: ところが、コンピュータ自体は進歩を続け、その処理能力の上昇具合はむしろスピードアップしていくのに、AIはその後何十年経っても、あまり期待された進歩をしませんでしたね。
ピ: せや。50年も60年も、AIは冬の時代やったんやな。その理由として、人間には簡単だけどコンピュータには意外と難しい分野がいくつかあったんや。
環: コンピュータには意外と難しい分野?
ピ: 有名なのは、まずは「巡回セールスマン問題」やろか。これは、「セールスマンがいくつかの都市を回ってセールスしなければならないとき、いちばん効率的な訪問順を求めなさい。」ちゅうやつや。コンピュータで簡単に検索できそうやろ?
都市が2つなら、訪問順はA→BとB→Aの2通り。この2通りのうち、効率的なほうを選べばええ。都市が3 つなら、順番はA→B→C、A→C→B、B→A→C、B→C→A、C→A→B、C→B→Aの6通り。この6通りを調べて、いちばん効率的なのを選べばいいだけや。簡単そうやろ?
ところが、都市数が増えると、考えるべき訪問順が爆発的に増えてしまう。30都市になると、パターン数は30階乗! およそ2.6×10 32 通りや。これがどれくらいの数かというと、1秒間に1000億回計算しても2.6×10 21 秒かかる。年に直すと84兆年やで! 宇宙ができてからまだ138億年しか経っとらんから、宇宙の歴史を6000回繰り返す必要がある! コンピュータがどれだけ進歩しても絶望的や。
環: 指数や階乗って、本当に直感がついていかないほど凄まじい増加スピードになるんですよね。
ピ: ところがや、コンピュータに計算させるとこんな風に絶望的やけど、実際のセールスマンはたいして困っとらんやろ。宅配便の配達員になったことを想像してもええ。今日配達すべき荷物が30個あったとき、なるべく短時間で配達を終えたいよな? この最適な順番をコンピュータに計算させると宇宙の歴史を6000回繰り返さなあかんけど、実際配達に行けば数時間で終わる。