最新記事

人種問題

イギリス金融街「負の遺産」に向き合う 奴隷貿易に関与していた過去を調査公表へ

2021年10月12日(火)17時33分

イングランド銀行は今年、奴隷貿易とのつながりのあった歴代の総裁・理事らの肖像画・胸像10点を撤去し、広報担当者によれば、来年に同行博物館での展覧会において、彼らの関与について説明する予定だという。

シティー・オブ・ロンドンの市庁舎であるギルドホールでは、奴隷貿易とのつながりのあった政治家2人の彫像を撤去する決定が以前下されたものの、そのまま残される模様だ。

金融街シティーを統括するシティー・オブ・ロンドン自治体は今週、「説明を付した銘板または掲示」を隣に置くことを条件に、市長を2期務めたウィリアム・ベックフォードと商人ジョン・キャスの彫像を残すことを勧告する報告書について協議する。ともに奴隷貿易によって財をなした人物だ。

報告書は、2件の意見募集に対して2000以上の回答が寄せられたが、彫像の撤去を求める声は少なかったとしている。

負の遺産

西インド諸島における欧州諸国のサトウキビ生産用植民地は、17─18世紀にアフリカから運ばれた奴隷の労働によって建設された。そしてシティー・オブ・ロンドンは、大西洋をまたぐ人身売買のための金融の中心地だった。

歴史研究者の推定では、18世紀には英国の海運保険市場の3分の1─3分の2は奴隷貿易を基盤としており、プランテーションでの生産物を積んで欧州に戻る船舶に保険をかけていた。

18世紀の英国における海運保険大手3社のうちの1つがロイズだった。他の2社、つまりロイヤル・エクスチェンジとロンドン・アシュアランスは、後にAXA及びRSAの傘下に入った。

AXAは奴隷貿易との関わりについて謝罪を表明しており、社内をさらにインクルーシブ(包摂的)なものにする取り組みを行っているとした。

RSAは、その歴史において「今日の私たちの価値観を反映していない」側面があったとし、不公正と戦うことにコミットしていると付け加えた。

奴隷産業の遺産は今も残っている、と専門家は指摘する。

7月に英国の規制当局が発表した討論資料では、金融サービスにおける管理職に黒人系、アジア系、その他民族的マイノリティーが占める比率は10分の1に満たないことが示された。

イングランド銀行は、2028年2月までにシニアマネジャーに黒人系、アジア系、民族的マイノリティーが占める比率を18─20%に引き上げる目標を定めている。2020年11月時点では8.2%だった。

シティーの多様性向上が遅々として進まないことから、英金融行動監視機構に行動を求める圧力が高まっている。同機構は7月、シニアマネジャーの報酬を雇用面での多様性の改善とリンクさせる必要があるかもしれないとの見解を示した。

ACINは、保険各社が、シニアレベルに占める民族的マイノリティーの比率について目標を定めるべきだと提言している。

ロイズ・オブ・ロンドンの従業員は5万人近いが、黒人が占める比率はわずか2%だ。ロイズでは新規採用の3分の1を民族的マイノリティーにするという「野心的な計画」を掲げている。

「(奴隷貿易による負の)遺産も、こうした対応の理由の1つだ」と語るのは、デジタル保険企業マシュマロの共同創業者、オリバー・ケントブラハム氏。

「大切なのは、企業が本当に偏見のない、ジュニアレベルにひどく偏らないような面接プロセスをしっかりと用意し、(略)出自を問わずに人を採用するようにすることだ」

(Carolyn Cohn記者、Huw Jones記者、翻訳:エァクレーレン)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、6月以来の高水準=ベー

ワールド

ローマ教皇の容体悪化、バチカン「危機的」と発表

ワールド

アングル:カナダ総選挙が接戦の構図に一変、トランプ

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中