最新記事

世界経済

世界が前代未聞の債務の波に襲われても破綻しない理由

Why Massive Debt Doesn’t Worry Economists

2020年12月2日(水)19時30分
アレックス・ハドソン

magw201202_debt2.jpg

2008年の金融危機はルペン率いる極右政党台頭の直接の原因になったとされている BENOIT TESSIER-REUTERS

新型コロナウイルスに対するワクチンの開発は、(効果の疑問を別にすれば)今や時間の問題だ。来年になれば本格的な供給が始まるだろう。しかし問題は、世界の経済大国がいかに素早く、現下の経済危機から脱出できるかだ。そこで重要なのは、景気の回復がV字型かU字型か、あるいはL字型かだ。V字回復なら、それだけ(GDP比で見た)債務の規模も小さくて済むはずだ。

なお、エコノミストたちが現在の世界の債務残高についてあまり心配していない理由の1つは低金利である。現にドイツ政府はマイナス金利での借り入れを行っているため、返済額は借入額よりも少なくて済むはずだ。しかも長期的な流れとして金利は下落傾向にあり、現在の低金利はしばらく続くというのが大方の見方だ。各国政府はその間に、経済のバランスを調整する策を講じればいい。

まずは戦いに勝つこと

いずれにせよ、世界の債務残高は277兆ドルを超えて今後も積み上がっていく。そもそも新型コロナにやられる前から、いわゆる低所得国の約4割は債務負担にあえいでいたし、今も債務は世界中で、平時としては最悪のペースで増え続けている。

「この数字を見て震え上がるのは簡単だし、懸念材料があるのも事実だ」とイルゼツキは言う。「だが私たちが注視すべきは、債務の総額ではなく返済能力だ」

イルゼツキはさらに続けた。「イギリスの債務残高はGDPの100%を超えてさらに増え続ける。アメリカもそうだ。もしもいっぺんに返せと言われたら、国内生産の全てを債権者に差し出さねばならなくなる。でも、そんな単純な話ではない。いろんな決まり事があるから、そんなことはあり得ない」

そう言われても安心できない人は原点に立ち戻って、10年前に緊縮の鐘を鳴らしたご本人の言葉を聞くといい。ラインハートは去る5月にハーバード大学のオンライン学内誌にこう語っている。

「そもそも戦争が始まれば、第1次大戦でも第2次大戦でもそうだったように、私たちはまず勝つことを考え、借金の返済を考えるのは後回しにする。そういう事情は今も同じ。当座の戦いに勝つのが先決で、そっちは二の次。今は平和だから、みんなあれこれ心配してしまうのです」

そうだといいが、277兆ドルの債務は重い。世界はどこまで耐えられるのか。今はまだ歴史的な低金利が続き、各国も長期の成長戦略を打ち出しているから誰もパニックを起こさない。しかし、とイルゼツキは警告する。「いつ貸し手の気分が変わるかは予測し難い。急に流れが変わることもあり得る」

<本誌2020年12月8日号掲載>

【訂正】12月8日号掲載の記事の見出しで「世界各国の公的債務の残高は277兆ドル」とありますが、正しくは「世界全体の債務残高は277兆ドル」です。おわびして訂正します。

ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

12月FOMCでの利下げ見送り観測高まる、モルガン

ワールド

トランプ氏、チェイニー元副大統領の追悼式に招待され

ビジネス

クックFRB理事、資産価格急落リスクを指摘 連鎖悪

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、インフレ高止まりに注視 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 6
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中