最新記事

コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学

「損切りの科学」:グーグルが活用する学知でコロナ危機を乗り越える

MECHANISM DESIGN

2020年6月1日(月)11時00分
坂井豊貴(慶應義塾大学経済学部教授、〔株〕デューデリ&ディール チーフエコノミスト)

もともと不動産は、値付けが難しい商品だ。高価な上、土地はどれも世界に1つしかないから、いわゆる相場の価格はあるようでない。相場の価格が確固としてあるのは、豊洲のタワーマンションのように、似た部屋が多くあり、しかも需要が高いものくらいだ。市況が不透明な昨今、不動産の値付けはいっそう困難な作業になっている。

こういうときはオークションでの売却を選択肢として考えたい。仮に仲介事業者が5000万円なら売れると見込むなら、そこをスタート価格にして競り上げ式でオークションをすれば、5000万円以上にはなるはずだ。もし6000万円になったら、その上げ幅の1000万円は、オークションという市場が見つけた価値だ。かつて経済学者のフリードリヒ・ハイエクは、市場を「価値発見の装置」と論じたが、その機能を享受するわけである。

ただしオークションの実施には注意が必要だ。開催にはノウハウが要るし、オークション方式は細部の設計が極めて重要だからだ。例えば競り上げの締め切り間際に入札が殺到する現象に、どう対応するか。また競り上げには、インターネット上で誰でも参加できるようにするのか、あるいは事前に参加者を集め確定しておくのか。これらもろもろの調整で、結果は大きく変わる。ありていに言うと、価格が変わってくる。

損失回避を「デザイン」

経済学にはメカニズムデザインという、仕組みを設計する分野がある。オークションや料金設定、マッチングの仕組みを作るのは、この分野が特に得意とするところだ。アメリカではこうした学知の活用が盛んになっており、グーグルの広告枠オークション、ウーバー・テクノロジーズのタクシー料金設定、公立学校への進学マッチングなどは、目覚ましい成果を上げた例だ。学問は、勘や思い込みと違って再現性があるので、成功は再現させられるし、失敗は繰り返さぬよう修正できる。

日本での活用例には、筆者が仕組みの設計に携わるデューデリ&ディールという会社での不動産オークションがある。そこではメカニズムデザインの学知に基づく、良いオークション方式を活用している。ここでいう「良い」とは、買主が納得できる範囲で高い価格になり、売主もまた納得できることだ。オークションは魔法の杖ではないから、バブル期のような高値になるわけではない。だが今の時期にしては「良い」価格に達しやすい。

「ピンチはチャンス」なのだという。だがピンチはチャンスである以前に、ピンチそのものだ。行動経済学は自分を見失わないために、メカニズムデザインは損失を減らすことに役立ってくれる。

ピンチにおいてこそ知は力であり、その活用の仕方は、各人の「アフターコロナ」の迎え方を変えてゆくだろう。

<2020年6月2日号「コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学」特集より>

【関連記事】アベノマスクと2008年金融危機、ゲーム理論で比べて見えたもの
【関連記事】コロナ禍での「資産運用」に役立つ行動経済学(3つのアドバイス)

20200602issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年6月2日号(5月25日発売)は「コロナ不況に勝つ 最新ミクロ経済学」特集。行動経済学、オークション、ゲーム理論、ダイナミック・プライシング......生活と資産を守る経済学。不況、品不足、雇用不安はこう乗り切れ。

20200609issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年6月9日号(6月2日発売)は「検証:日本モデル」特集。新型コロナで日本のやり方は正しかったのか? 感染症の専門家と考えるパンデミック対策。特別寄稿 西浦博・北大教授:「8割おじさん」の数理モデル

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 6
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 7
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 8
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中