健康に配慮するオフィス戦略──クリエイティブオフィスのすすめ
米国では、WELL認証(WELL Building Standard)6と呼ばれる、入居者の健康や快適性に焦点を当てて建物を評価する世界初の認証制度が、2014年からスタートしている。また我が国では、CASBEE(建築環境総合性能評価システム)に基づく認定制度を提供している一般財団法人建築環境・省エネルギー機構(IBEC)により、2019年度から日本国内初の認証制度として「CASBEE-ウェルネスオフィス」の先行評価認証がスタートしている。
従業員の健康に配慮したオフィスづくりが急務に
米アップルは、2017年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地(約71万m2)に新本社屋Apple Park7を構築した(約12,000人の従業員が移転)。総工費は50億ドルと言われており、自社ビルへの投資としては極めて巨額だ。この新本社屋の構築は,創業者の亡きスティーブ・ジョブズ氏が指揮・主導したプロジェクトだった。
Apple Park のメインのオフィス棟は、世界最大規模の曲面ガラスですっぽりと覆われた、円環状(ドーナツ状)をした低層の4階建ての壮大かつ巨大な建物(床面積は約26万m2、東京ドームの約5.6倍)であり、「リング(指輪)」と呼ばれる。Apple Park 内には、9,300m2にも及ぶ社員向けフィットネスセンターが設置され、リング内側の広大な緑地部分(中庭)には、各々3km超の社員用のウォーキングおよびランニングコース、果樹園、草地、人工池も設けられており、従業員の健康に十分配慮した設えとなっている。また、CEOのティム・クック氏は、「全従業員のデスクを100%スタンディングデスクにした。立ったり座ったりを繰り返す、その方がライフスタイルとして、はるかに良い」「社内にはApple Watchを使っている人が多く、毎時50分になると突然、立ち上がって動き出す。慣れるのに少し時間がかかるが、素晴らしいこと」8と語っている。「Apple Parkにはフルーツの木が生い茂り、構内のカフェテリア「Caffe Macs」では、実際にランチやディナーでそのフルーツを使っている」9という。健康経営の推進に向けた投資がしっかりとなされていることがうかがえる。
最先端の建築技術や環境技術などを惜しげもなく駆使し、従業員の創造性やコラボレーション、健康の促進に重点を置いたApple Parkは、創造的なオフィスデザインをいち早く取り入れてきたジョブズ氏にとって、クリエイティブオフィスの集大成だったのではないだろうか。
日本企業がアップルに学ぶべき点は、従業員の創造性・コラボレーション・健康の促進を通じたイノベーションの継続的な創出、企業文化の醸成や経営理念の体現のためには、オフィスへの戦略投資を惜しんではいけないということだろう。
米国でハイテク企業が多く集積するシリコンバレーやシアトルなどでは、「War for Talent(人材獲得戦争)」とまで言われるほど、企業間で人材の争奪戦が激しく繰り広げられており、企業は優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない。一方、日本企業では、オフィス環境の整備の巧拙が人材確保に大きな影響を及ぼすとの危機感は、未だ欠如しているのではないだろうか。
クリエイティブオフィスの考え方を取り入れ実践する日本企業は、一部の大企業やベンチャー企業など、未だごく一部の先進企業にとどまっているとみられる。従業員の健康・快適性を高め創造性を育み本格的なイノベーションを生み出せるような組織風土を醸成し、そしてグローバル競争の土俵に立つためにも、一刻も早く、創造的なオフィスづくりに着手することが求められる。
――――――――――
6 建築物の環境性能を評価する認証制度であるLEED(Leadership in Energy & Environmental Design)の認証を手がける,米国の認証機関GBCI(Green Business Certification Inc.)が担う。
7 Apple Parkに関わる考察については,拙稿「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018年6月)を参照されたい。
8 Business Insider2018年6月15日「全員にスタンディングデスク、アップルが新本社に導入した理由とは?」より引用。
9 注8と同様。
[執筆者]
百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)
ニッセイ基礎研究所
社会研究部 上席研究員