最新記事

欧州債務問題

社会的弱者を犠牲にしてギリシャは救えない

ヨーロッパの政治と社会の安定のためには債務問題の処方箋を見直す必要がある

2015年2月26日(木)17時06分
ケマル・デルビシュ(国連開発計画前総裁)

生活苦 緊縮で人々が困窮すれば社会が不安定化し元も子もなくなる Alkis Konstantinidis-Reuters

 ユーロ圏はこの5年間、緊縮財政と構造改革を金科玉条にして債務問題を解決しようとしてきた。そのため南の「辺縁国」とアイルランドばかりか、EUの「中核国」であるフランスでも、世論の反発が高まっている。

 ユーロ圏の指導者たちが原理原則にしがみつけば、ヨーロッパでは社会的な亀裂が深まり、政治的な安定が脅かされるだろう。ギリシャの総選挙で反緊縮の急進左派連合(SYRIZA)が圧勝したのはその一歩にすぎない。緊縮策を見直し、現実的で有益な経済戦略の立案に取り組めば、この流れを変えられる。

 もちろん、破壊的なデフォルト(債務不履行)を回避し、投資家と消費者の信認を得るためには財政の持続性が不可欠だ。しかし、緊縮策が受け入れられるのは、福祉に頼らずとも生活でき、長期の失業に陥る心配がないときだけだろう。

 何百万人もの労働者、特に就職の当てがない若年層には、財政の持続性よりも切実な問題がある。失業手当が減額されれば、彼らはたちまち困窮する。財政削減が教育に及べば、彼らの子供たちは将来を築くためのスキルを習得できない。

 緊縮策による国民の困窮はギリシャでは特に深刻だ。年金の大幅カットで高齢者は尊厳ある老後を送れない。資産を外国に移した富裕層が課税を逃れる一方で、一般市民は過大な税負担にあえぎ、医療は崩壊寸前のありさま。自殺率はうなぎ上りだ。

 債権国はこうした現実に目を向けようとしないが、危機的状況にあるのは否めない。IMF欧州局長を務めたレザ・モガダンが先日、成長のための構造改革の確実な実施を条件に、ギリシャの債務の半分を免除すべきだと提案したのもそのためだ。

新しい支援計画が必要

 経済を立て直すには財政の持続性より、まず社会の持続性が前提条件になる。教育に人材や予算を投入できず、IT時代に必要なスキルを子供たちに与えられなければ、経済の繁栄は望めない。不平等と貧困が広がり、人々の不満が鬱積すれば極右や極左が支持を伸ばす。そうなれば構造改革の実施は望み薄だ。

 人々が生活苦にあえげば、移民と少数派に不満が集中する。経済学者のジョセフ・スティグリッツが指摘するように、ドイツでナチスが台頭したのは失業率が30%に上る状況だったからだ。絶望的な状況に追い込まれた若者が暴力的な衝動に駆られ、テロ組織のプロパガンダに感化される懸念もある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中