最新記事

G20

世界経済の命運は中国の手に

2010年11月11日(木)17時26分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

 だが今や、状況は変わった。中国の輸出品が玩具から通信機器のような高機能製品にシフトし、さらに世界経済が減速するなか、中国の黒字は多くの国にとってかつてない脅威となっている。

巧みな経済政策で不動産バブル崩壊を回避

 かつての日本のように、中国も投資と輸出主導の経済モデルを採用してきたと、コーネル大学のエスワール・プラサド教授(経済学)は指摘する。製造業は土地と燃料の補助を受けており、人民元の為替レートも低く抑えこまれているため、中国の輸出競争力は高まり、外国からの輸入品の価格は高騰する。銀行の貸出金利も政府の管理によって低く抑えられているため、企業は低金利でカネを借りられる。

 その結果、中国経済は不均衡ながらも、急速な成長を遂げた。経済成長は数十年に渡って、年率10%を維持。近代化の過程で、多くの非効率な国営企業が閉鎖・縮小され、大勢の雇用が失われたが(世界銀行によれば、1997〜2004年に4300万人が職を失った)、新たに生まれた輸出型企業が新規雇用を創出した。

 中国の高度な経済運営手腕は、多くの点で称賛に値する。「不動産バブル」が崩壊して景気が低迷するという警告が断続的に繰り返されているが、その予想は(今のところ)外れている。

 ピーターソン国際経済研究所の経済学者ニコラス・ラーディによれば、住宅価格が高騰しすぎると、中国政府は金利や頭金の最低基準、複数の不動産購入を考えている投機家への課税税率を引き上げる。おかげで、住宅価格は横ばいか、下降気味。「こうした施策のおかげでバブルが膨らみすぎない」と、ラーディは言う。また同様に、輸出の需要をコントロールすることで為替レートを操作し、急速な経済成長を維持している。

 だが、このモデルは政治的、経済的な限界に直面している。人民元安政策によって輸出の際に恩恵を被る中国の不当なやり方に憤っているのは、アメリカだけではない。ヨーロッパ諸国でも日本でもメキシコでも不満は募る一方。中国製品に厳しい輸入規制を課す国はまだ現れていないが、今となってはありえない話ではない。

中国人の貯蓄を消費に回させる方策を

 その一方で、中国では国民の貯蓄率が高く、内需が伸び悩んでいる(アメリカの国民貯蓄率はGDPの約15%だが、中国は50%)。貯蓄は通常、新たな工場やオフィスの建設などに回されるが、中国の場合、国内の設備投資のニーズだけでは国民貯蓄を使い切れないほどだ。

 中国が内需の不足を補うために輸出を増やす事態を回避するには、国内の消費拡大が不可欠だ。経済学者のラーディとプラサドは以前から、中国人家庭の収入と支出を増やす方策を提案してきた。社会的なセーフティネットを拡大し、病気や高齢に備えた貯蓄を制限する、銀行の預金金利を引き上げ、消費者が手にする金額を増やす、利益を再投資するのではなく、株主に配当金を支払うよう企業に義務付ける......。
 
 中国もその必要性は理解している。実際、彼らは国民の消費を刺激するという目標を掲げ、努力を始めてさえいる。だが、その試みが成功するまで、中国が人民元安という切り札を手放すことはないだろう。

「人民元レートについてわれわれに圧力をかけるな」と、温家宝(ウエン・チアパオ)首相は先日、警告した。そんなことをすれば、輸出業者は廃業し、労働者は職を失う、というのだ。「中国が社会的、経済的に不安定になったら、世界にとっても大災害だ」

 中国以外の国の失業者からみれば、なんとも説得力のない主張だが。

 G20でどんな公式声明が発表されるにしても、中国が抵抗するかぎり、世界経済のバランスは取り戻せない。先の見通しは暗い。アメリカは、貿易赤字を削減するためにドル安を容認してきた。人民元はドルに連動しているため、ドル安は一部の国に対する中国の輸出競争力増大を招いている。

 これでは、世界経済の安定は程遠い。中国とアメリカをはじめとする世界各国が、競争力強化をめぐって激しいケンカを繰り広げている、というのが今の世界の現状のようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、仮想通貨開発者狙い米国に企業設立 マルウエ

ワールド

米韓、関税撤廃目指した協定作成で合意=韓国代表団

ビジネス

東京コアCPI、4月は値上げラッシュで+3.4%に

ビジネス

独財政拡大、IMFトップが評価 「欧州全体にプラス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 5
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 8
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 9
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 10
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中