世界経済の命運は中国の手に
だが今や、状況は変わった。中国の輸出品が玩具から通信機器のような高機能製品にシフトし、さらに世界経済が減速するなか、中国の黒字は多くの国にとってかつてない脅威となっている。
巧みな経済政策で不動産バブル崩壊を回避
かつての日本のように、中国も投資と輸出主導の経済モデルを採用してきたと、コーネル大学のエスワール・プラサド教授(経済学)は指摘する。製造業は土地と燃料の補助を受けており、人民元の為替レートも低く抑えこまれているため、中国の輸出競争力は高まり、外国からの輸入品の価格は高騰する。銀行の貸出金利も政府の管理によって低く抑えられているため、企業は低金利でカネを借りられる。
その結果、中国経済は不均衡ながらも、急速な成長を遂げた。経済成長は数十年に渡って、年率10%を維持。近代化の過程で、多くの非効率な国営企業が閉鎖・縮小され、大勢の雇用が失われたが(世界銀行によれば、1997〜2004年に4300万人が職を失った)、新たに生まれた輸出型企業が新規雇用を創出した。
中国の高度な経済運営手腕は、多くの点で称賛に値する。「不動産バブル」が崩壊して景気が低迷するという警告が断続的に繰り返されているが、その予想は(今のところ)外れている。
ピーターソン国際経済研究所の経済学者ニコラス・ラーディによれば、住宅価格が高騰しすぎると、中国政府は金利や頭金の最低基準、複数の不動産購入を考えている投機家への課税税率を引き上げる。おかげで、住宅価格は横ばいか、下降気味。「こうした施策のおかげでバブルが膨らみすぎない」と、ラーディは言う。また同様に、輸出の需要をコントロールすることで為替レートを操作し、急速な経済成長を維持している。
だが、このモデルは政治的、経済的な限界に直面している。人民元安政策によって輸出の際に恩恵を被る中国の不当なやり方に憤っているのは、アメリカだけではない。ヨーロッパ諸国でも日本でもメキシコでも不満は募る一方。中国製品に厳しい輸入規制を課す国はまだ現れていないが、今となってはありえない話ではない。
中国人の貯蓄を消費に回させる方策を
その一方で、中国では国民の貯蓄率が高く、内需が伸び悩んでいる(アメリカの国民貯蓄率はGDPの約15%だが、中国は50%)。貯蓄は通常、新たな工場やオフィスの建設などに回されるが、中国の場合、国内の設備投資のニーズだけでは国民貯蓄を使い切れないほどだ。
中国が内需の不足を補うために輸出を増やす事態を回避するには、国内の消費拡大が不可欠だ。経済学者のラーディとプラサドは以前から、中国人家庭の収入と支出を増やす方策を提案してきた。社会的なセーフティネットを拡大し、病気や高齢に備えた貯蓄を制限する、銀行の預金金利を引き上げ、消費者が手にする金額を増やす、利益を再投資するのではなく、株主に配当金を支払うよう企業に義務付ける......。
中国もその必要性は理解している。実際、彼らは国民の消費を刺激するという目標を掲げ、努力を始めてさえいる。だが、その試みが成功するまで、中国が人民元安という切り札を手放すことはないだろう。
「人民元レートについてわれわれに圧力をかけるな」と、温家宝(ウエン・チアパオ)首相は先日、警告した。そんなことをすれば、輸出業者は廃業し、労働者は職を失う、というのだ。「中国が社会的、経済的に不安定になったら、世界にとっても大災害だ」
中国以外の国の失業者からみれば、なんとも説得力のない主張だが。
G20でどんな公式声明が発表されるにしても、中国が抵抗するかぎり、世界経済のバランスは取り戻せない。先の見通しは暗い。アメリカは、貿易赤字を削減するためにドル安を容認してきた。人民元はドルに連動しているため、ドル安は一部の国に対する中国の輸出競争力増大を招いている。
これでは、世界経済の安定は程遠い。中国とアメリカをはじめとする世界各国が、競争力強化をめぐって激しいケンカを繰り広げている、というのが今の世界の現状のようだ。