最新記事

景気

イギリス緊縮予算は危うい賭け

2010年8月3日(火)16時10分
マイケル・ゴールドファーブ

 過去30年間、先進国ではテクノロジーが発展し、人件費の安い国への業務のアウトソーシングが盛んになった。さらに企業は「生産性の向上」(少ない人員に多くの仕事をさせて経費を節約すること)を追求した。その結果、イギリス(それにアメリカ)では完全雇用はほとんど不可能になった。

 イギリスでは、「ニューレーバー」を旗印に掲げた労働党政権が雇用を創出した。直接的にはナショナル・ヘルス・サービスや教育、インフラに対する公的支出を増やし、間接的にはシェフィールド・フォージマスターズ社のような中小企業と日産やシーメンスのような大企業に対する資金援助や税控除を行うことで、長期間にわたり失業率を低く抑えた。もしトニー・ブレア元首相やゴードン・ブラウン前首相が公的支出を絞っていたら、失業率は2桁に達していたはずだ。

 さらに規制緩和と政府の放任主義によって、金融サービス業界が野放図に拡大した。だが金融業の「サービス」は、もっぱら投機筋を儲けさせ、連中がおもちゃ代わりに購入するヨットのメーカーや高級外車の販売店を潤すだけだ。

 投機マネーが生産的な投資に回る時代はとっくの昔に終わっている。シェフィールド・フォージマスターズ社が公的融資を申請したのは、民間の資金が調達できなかったからでもある。

若者と中高年の仕事はない

 だが、ここで理論や数字を詳しく論じる気はない。現実の生活は経済学の教科書には書かれていないからだ。代わりに象徴的なエピソードに目を向けてみよう。

 まず、米ニューヨーカー誌の5月24日号の表紙。名門大学出身らしい若者の部屋に博士号の証書が飾ってある。だが、部屋をのぞき込む両親の表情は不安そう。息子の教育に大金をつぎ込んだのに、就職先が見つからないからだ。

 次は6月1日付のニューヨーク・タイムズ紙。クリントン政権で労働長官を務めた経済学者のロバート・ライシュが、政府に代わって「起業家精神」が雇用を創出しつつあると指摘している。ある調査によると、過去3年間は景気後退にもかかわらず事業を始める起業家が驚くほど多かった。

 その主力は50〜60代で、転職先が見つからない失業者か、金融危機で401k(確定拠出型企業年金)の受給見込み額が激減した人々のどちらかだと、ライシュは指摘する。彼らが自営業のコンサルタントや下請け業者として稼ぐ額は企業に勤めていた時代よりずっと少なく、従業員時代にあった諸手当も受け取れない。

 2つのエピソードから分かるのは、30歳未満と50歳以上の人々にフルタイムの仕事はもうないということだ。この雇用の落ち込みを誰が埋めるのか。イギリスの新政権は、政府ではないと確信している。そんなことは市場が許さないというのだ。だが、政府がやらなければ誰がやるのか。

 ここで最後のエピソードを紹介しよう。サッチャー主義が絶頂期を迎えていた88年初め、私はリバプールを訪れて街とサッカーの関係を取材した。当時、この街に本拠を置く2つのサッカーチーム、リバプールFCとエバートンは絶好調だったが、それ以外の状況は悲惨そのものだった。

 公共サービスの削減と警官の人種差別、社会に蔓延する不安感が原因になって発生した暴動の傷跡は、まだ癒えていなかった。仕事に就けない若者たちは街を離れ、税金の担い手が減少していた。地元紙リバプール・エコーを見ると、求人広告欄は1ページのみで、死亡告知欄は2ページだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾国民党主席、南京で孫文の墓所訪問 中国との和解

ビジネス

街角景気3月は6.7ポイント低下、中東情勢でマイン

ワールド

習主席、「中国流」サービス業目指す 需要主導と技術

ワールド

北朝鮮が弾道ミサイル発射と日韓が発表、前日に続き
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 3
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命防衛隊と消耗戦に
  • 4
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 5
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 6
    「王はいらない」800万人デモ トランプ政権への怒り…
  • 7
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 8
    【後編】BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音…
  • 9
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 10
    5日間の寝たきりで髪が...ICUに入院した女性を襲っ…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 8
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 9
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 10
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中