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世界経済

混迷G20に答えを出せない経済学

ケインズ経済学もマネタリズムも合理的期待仮説も通用しない世界で政治に何ができるのか

2010年6月29日(火)17時05分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

処方箋は? オバマもG20の他の首脳も、景気の二番底を回避したい思いは共通だったが(6月27日、トロントで) Jason Reed-Reuters


経済学者と政治哲学者の思想は、それが正しい時でも間違っている時でも、一般に考えられているよりはるかに強い影響力をもっている。自分はどんな知的制約とも無関係だと考える実際的な人間も、知らないうちに何かいかれた経済学の奴隷になっているほうが普通だ。 ──イギリス人経済学者 ジョン・メイナード・ケインズ(1883〜1946)


 世界各国は、元気のない経済を活性化するために何か手を打つべきだ──誰もがそう思っている。誰も景気の二番底など見たくない。週末にカナダのトロントで開かれた世界20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)も、それだけは回避する決意に満ちていた。

 OECD(経済協力開発機構)を構成する先進31カ国の失業者数は、07年以降50%増加して4650万人に達した。単に仕事がないだけではすまない。失業の長期化は労働者のスキルの低下や、所得階層の下降シフト、生涯失業などにつながりかねない。では、政府にこれ以上何ができるのか。明確な答えはない。

 我々は経済学の限界にぶち当たったのかもしれない。ケインズがかつて語ったように、政治的指導者は新旧の経済学者の思想の人質だ。そしてどんな手を打つべきかについての経済学者の意見の相違は日増しに大きくなっている。

 確かに、金融危機への初動対応(金利の大幅引き下げ、銀行救済、景気刺激など)はうまくいったのだろう。それがなければ、今頃は不況のどん底にあったかもしれない。だが危機は同時に、ケインズ経済学やマネタリズム、合理的期待仮説など主たる経済学の論理を完膚なきまでに打ちのめし、経済学は頼りにならない学問になった。今日の政策的混乱をもたらしたのは、経済学の知的混沌に他ならない。

 財政政策一つをとってもそうだ。ケインズ経済学が言うように、赤字国債の大量発行も厭わずに支出を増やせば、景気を刺激して雇用を作り出すことができるのか? それとも財政赤字の膨張は、金融危機の再来を招くのか?

危険な「協調緊縮」に走る世界

 ケインジアンの論理は水も漏らさぬ完璧さに見える。消費者や企業がお金を使わないなら、政府は減税や財政支出の拡大で追加的な需要を作り出してやればいい、というのだ。だが実際には、財政赤字の水準には金融面からも心理面からも限度というものがある。国際決済銀行(BIS)によれば、財政赤字のGDP(国内総生産)比はフランスが92%、ドイツが82%、イギリスが83%だ。

 つまり、赤字拡大による恩恵は様々な原因で相殺されかねない。投資家が政府の債務不履行を恐れて金利が跳ね上がるかもしれないし、財政規律を守る能力が政府にはないと消費者や企業が思えば民間部門の支出は減少する。国債の価値が下落すれば、自己資本のかなりの部分を国債で保有する銀行が危機に陥る。赤字拡大による景気刺激と赤字拡大がもたらす恐怖との危うい綱引きが続くのだ。

 米オバマ政権は、7870億ドルの景気刺激策は280万人の雇用を創出するか守ったという。そうかもしれない。投資家も、まだ米国債への信用を失っていない。10年物の米国債の利回りは3%をやや上回る程度だ。だが欧州では、財政赤字が限界を超えて金融を揺るがし始めた。GDP比で123%に達するギリシャの巨額赤字で金利は急騰。ドイツとイギリスは、ギリシャの二の舞を避けるためいかに赤字を減らすか議論している。

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