最新記事

米経済

危機後遺症で人が変わったアメリカ人

引越しも転職も起業もしない──高失業に高齢化不安が重なって、アメリカはリスクを恐れる停滞社会になってしまうのか

2010年2月10日(水)17時09分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

 2010年代に突入したが、私たちが引きずる問題は変わっていない。大不況(グレート・リセッション)は今後どのような傷跡を残すだろうか。

 既に見えてきたことはいくつかある。ブルッキングズ研究所の人口統計学者ウィリアム・フレイはアメリカ人が第二次大戦後以来、これほど動きを止めた時期はないと報告している。人々は住んでいる家を離れようとせず、新しい家を手に入れるためのローンを組めず、転職をしないという。他州に引っ越すアメリカ人は1・6%だけ。10年前に比べたら半分だ。

 失業率がひどく高いため、若い世代はより慎重になったようだ。投資信託会社フィデリティ・インベストメンツの新しい調査結果によると、22〜33歳の労働者の25%が終身雇用を希望しているという。08年は14%だった。

 シンクタンク経済政策研究所のジョン・アイアンズは、多くの若者が授業料を払えないために大学進学を延期したり断念することで、将来的に高収入の職に就けなくなることを心配している。

 大不況の最悪の後遺症は、成長率が鈍化し、資源競争の激化する「エコノミック・フラストレーション時代」の到来かもしれない。株や不動産の下落で痛手を負ったアメリカ人は貯蓄を心掛け、散財を避けるようになった。需要減に企業は苦しみ、雇用は相変わらず低迷。さらには、景気後退と歩を合わせるかのように高齢化の波が押し寄せ、事態を悪化させている。

 アメリカでは2020年に55歳以上が総人口の29%に当たる約1億人に達すると推測される。2000年の5900万人(総人口の21%)からの倍増だ。

 若者とは元来、革新的でリスクを恐れず、他人とは違うことをやりたがる存在だ。しかし現在の混乱の中では、若者ですらリスクを回避しようとしている。企業の管理職に就いたり大学の研究助成金を得る者は中高年ばかりになるだろう。高齢化は現状維持に固執し、変化に消極的な社会につながりかねない。

「なせば成る」文化はどこへ

 しかしこの暗い見通しには過去を例に取って反論できる。アメリカ経済は驚くほど立ち直りが早く、常に新しい雇用を生み出してきた。70年代は2100万件、80年代は1800万件、90年代は1700万件、00年代でいえば07年までに1200万件だ。

 大いなる野心、高い順応性、アイデアを生む創造力を併せ持った「なせば成る」文化は、いずれは経済を力強く回復させるはずだ。

 長期的にみれば、大不況は効率性の大切さを教えてくれたといえるのかもしれない。過去1年で1時間当たりの労働生産性は4%上昇した。苦しい時期を生き残った企業は回復を見せ始め、今後のさらなる成長も期待できるだろう。

 果たしてどちらの予測が正しいのか。答えは2つの点に懸かっている。貿易と起業家精神だ。大半のエコノミストは消費低迷を補うのは輸出だと考えるが、これは外国の経済成長と貿易政策に大きく左右される。一方、起業家精神はアメリカ人次第だ。

 メリーランド大学のジョン・ハルティワンガー教授(経済学)と国勢調査局の調べでは、80〜05年に新しく生み出された雇用はすべて設立5年以下の企業によるものだった。1年単位で見れば違うだろうが、長期的にみれば社歴の長い企業は雇用を創出するより減らす数のほうが多い。「ここで重要なのは若い企業だ」と、調査資金を出したコフマン財団の経済学者ロバート・ライタンは言う。

 起業を続けなければアメリカ経済は停滞するだろう。フェースブックなどIT系に限らず、建設会社でもレストランでも、クリーニング店でもどんな会社でもいいから事業を始めることが重要だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「イラン核協議は順調」、26日に3回目協

ビジネス

アルファベット第1四半期、売上高が予想上回る 広告

ビジネス

英中銀総裁「トランプ関税の影響注視」、英景気後退は

ビジネス

加藤財務相、「為替水準の目標」話題にならず 米財務
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 9
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 10
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中