最新記事

金融

焼け太りウォール街に金メッキ時代、再び

2009年10月7日(水)14時56分
ニーアル・ファーガソン(ハーバード大学歴史学教授)

9・15で財政資金のダムが決潰

 そして9月22日、最後まで生き残った投資銀行ゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーが銀行持ち株会社に転換し、投資銀行は絶滅種となった。最後、9月25日には、貯蓄貸付組合(S&L)大手ワシントン・ミューチュアルが、米連邦預金保険公社(FDIC)の管理下に入った。預金取り扱い銀行としては米史上最大の経営破綻だった。

 07年以降の世界経済の変調のすべてをこの7つの事件のせいにはできない。ましてリーマン1社のせいではない。07年10月に最高値を付けたダウ工業株30種平均は09年3月までに半値になったが、08年9月の出来事の影響はせいぜいそのうちの5分の1程度だろう。

 だが他の指標を見ると、この危機のトラウマの大きさが分かる。リーマンの破綻後24時間以内に、ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)は3・33ポイント跳ね上がり6・44%になった。CP市場は完全に麻痺状態に陥った。その結果、信用収縮とその連鎖が始まった。企業は注文を取り消し、従業員を解雇し始めた。世界の貿易量は激減した。

 政策に与えた影響は今も続いている。9月15日以前には、米議会がウォール街のために巨額の救済策を認めるとはとても思えなかった。リーマン破綻回避のためその身売り先を探していたヘンリー・ポールソン財務長官(当時)も、買い手候補に対し「政府は資金を出さない」と断言していた。

 リーマン破綻後でさえ、7000億ドルの不良資産救済プログラム(TARP)は議会で1度否決されている。だがそれ以降、財政資金のダムは決潰した。連邦政府の新規借り入れは今後10年間で9兆ドルに達する見込みだ。

 9月15日以前はFRBも、リーマンの「不透明な資産」など買えないと言っていた。「良質な担保」と引き換えの融資が精いっぱいだと。だが翌週、FRBのバランスシートは21%も膨れ上がった。FRB史上初めて、株を担保に融資をすることにしたためだ。

 もう1つの新たな政策として、FDICは銀行の債務を全額保証することにした。アメリカの銀行が巨額の債券を発行していることを考えれば、思い切った政策だ。

 08年3月には、財務省とFRBは投資銀行ベアー・スターンズを救済している。資金支援を含むFRBの仲介で、JPモルガンが買収したのだ。ベアー・スターンズの株主や債権者は、損はしてもすべてを失わずに済んだ。

 しかし、その後当局がリーマンを見捨てたことで、「大き過ぎてつぶせない」という市場の幻想は打ち砕かれたかに見えた。だが翌日のAIG救済とともに、当局は大急ぎで幻想の再生という金の掛かる作業に取り掛かった。今、それはもはや幻想ではなく現実になった。極めて危険な現実だ。

 現在の景気後退は、09年4月に正式に戦後最長の記録を更新した。IMF(国際通貨基金)は、アメリカの今年の経済成長率はマイナス2・6%になると予測する。失業率は10%に近づいている。

 数字がこれだけ深刻なら、抜本的な改革も進行していると思うだろうが、答えは「ノー」だ。欧米で新たな金融規制をめぐる論議が盛んに行われているにもかかわらず、金融システムの最大の問題に取り組む動きは表れそうにない。

 それどころか、1年前に実施された金融機関の緊急救済策によって問題は大幅に悪化している。その問題とは、「大き過ぎてつぶせない(トゥー・ビッグ・トゥ・フェイル)」銀行、略して「TBTF」の存在だ。

 著名なエコノミストのヘンリー・カウフマンによれば、米金融最大手10行が保有する金融資産の比率は90~08年に10%から50%に拡大した。金融機関の総数が1万5000行強から8000行程度に減ったことに伴う変化だ。

 07年末までに、計8570億ドルの株主資本を持つ金融機関15行の総資産は13兆6000億ドル、簿外資産は5兆8000億ドルに達していた。レバレッジ(自己資本に対する負債の比率)は23倍。15行が引き受けたデリバティブ(金融派生商品)の額面総額は216兆ドルに上った。

 これらの金融機関は業界を支配する存在だった。その規模はあまりに巨大になり、1行でも破綻すればシステム全体が崩壊しかねない状態だった。

 金融危機は、この問題を2つの面で悪化させた。第1に、金融大手15行のうち3行(ベアー・スターンズ、メリルリンチ、リーマン・ブラザーズ)が姿を消したこと。第2に、リーマン破綻が大きな経済的ダメージをもたらした結果、かつての疑惑が現実のものになったこと。つまり、危機を生き残るのは政府の信頼と信用を手にしたTBTFだけだということだ。

納税者には勝ち目のないゲーム

 もはやゲームのルールは決まった。コインの表が出たら金融機関の勝ち。裏が出たら納税者の負け。つまり納税者に勝ち目はない。一般大衆が手にするのは......カードの口座残高が1ドルでも不足すれば、借越手数料を30ドル取られる現実。その一方で、ゴールドマン・サックスなどの幹部は莫大な報酬を手に入れる。

 金融規制改革案はどれも、問題の核であるTBTFを放置している。試しに、ティモシー・ガイトナー米財務長官が今夏行った提案の中身を検証してみよう。

■「FRBに『組織的な重要性を持つ機関』(=TBTF)のシステムリスクを監視する権限を与えるべきだ」。だがFRBは本来、そういう存在だったのでは?

■「証券化商品の原保有者に『自己投資』(=発行する商品の5%を購入)を義務付けるべきだ」。ベアー・スターンズもリーマンもそうしていたはずだが。

■「消費者金融保護省を創設するべきだ」。それなら、既存の規制当局の役目は何だったのか。そう、TBTFを守ることだ。

■「破綻した大手金融機関を早急に閉鎖するため『破綻処理当局』を設立するべきだ」。そうした機関は既に存在するし、84年にコンチネンタル・イリノイ銀行が破綻したときに使われた。

■「連邦規制当局は基準やガイドラインを発表して、金融機関幹部に対する報酬体系を長期的な株主価値と釣り合いの取れたものにするべきだ」。一体どんな発表をしてくれるのやら。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、最優遇貸出金利据え置く見通し 6カ月連

ビジネス

アングル:米政府閉鎖解除で統計発表再開、12月利下

ビジネス

マスク氏とフアン氏、米サウジ投資フォーラムでAI討

ビジネス

米の株式併合件数、25年に過去最高を更新
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中