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嫌われ経済学者スティグリッツ

2009年8月24日(月)15時33分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

サマーズとの長い因縁

 スティグリッツと同様、ケインズも米政府に敬遠された。市場は不完全だと信じていたケインズは29年に始まった大恐慌を受け、マクロ経済学を創始。弱り切った経済を救うには、政府の大規模な介入が必要だと主張した。

 フランクリン・ルーズベルト米大統領は34年に初めてケインズと会談した。ケインズの伝記の著者ロバート・スキデルスキーによると、ルーズベルトはケインズの主張をあまりに抽象的でインテリくさいと退けた。

 スティグリッツは権力欲むき出しのトラブルメーカーだと批判する声は多い。支持者の間でも、改革の担い手は政府だとの結論に飛び付きがちだとの指摘がある。

 ハーバード大学のロゴフによれば、スティグリッツは「偉大な天才」だが、とてつもなく傲慢だ。

 ロゴフは02年に発表したスティグリッツ宛ての公開書簡で、2人がプリンストン大学の同僚だった当時の出来事を振り返っている。FRB(米連邦準備理事会)議長を退任したポール・ボルカーが、同大学の終身教授候補になったときのことだ。

「あなたは私にこう言った。『君は以前ボルカーの部下としてFRBで働いていたね? 彼は本当に賢いのか』。おそらく彼は20世紀最高のFRB議長だと答えると、あなたは言った。『だが彼は、本当に私たちと同じくらい賢いのか』」(スティグリッツはこの件について記憶がないと回答)

 スティグリッツがワシントンでのけ者扱いされるのは、サマーズとの敵対関係のせいかもしれないと、擁護派はみている。2人は共にケインズ信奉者だが、サマーズが(少なくとも昨年まで)金融市場の規制緩和をたびたび支持してきた一方で、スティグリッツは市場に懐疑的な立場を貫いてきた。

 2人は90年代前半以来、激しい政策論争を繰り返している。最初の戦いは、クリントン政権が韓国などの新興金融市場に開放圧力をかけたときに勃発した。規制が不十分な第3世界の市場を開放しても富は生まれないと、スティグリッツは主張。財務省高官だったサマーズは米企業の進出を要求した。

 意見の違いは90年代後半、嫌悪に変わった。当時、世界銀行のチーフエコノミストだったスティグリッツは、「感染力の高い」アジア通貨危機に対する財務長官ロバート・ルービンと副長官サマーズの対応を問題視した。

 99年、世界銀行のチーフエコノミストに再任されなかったスティグリッツは、サマーズの画策によるものだと考えた。サマーズはこれを否定し、スティグリッツとの間に敵対関係はないと主張する。

 サマーズは現在、スティグリッツと「よく話している」と、側近のジェイソン・ファーマンは言う。もっともスティグリッツによれば、「よく」は言い過ぎ。「話したのは1度か2度だ」

 オバマの経済チームはスティグリッツに何度か意見を求めているが、本人は今も政権の金融危機対策に強い不満を覚えている。

 オバマ政権は破綻した大手金融機関の解体や再建を進めることをせず、「『大き過ぎてつぶせない』という概念の解釈を拡大している」と、スティグリッツは言う。その口調にはワシントンでの冷遇に対する恨みも籠もる。「イギリスでなら、こうした問題についてより自由に論議できるのだが」

 とはいえあるホワイトハウス高官は、昨今のオバマ政権はむしろ経済に介入し過ぎると批判されていると反論する。

 オバマは他の点では、スティグリッツの主張の一部を受け入れていると、クリントン政権時代にスティグリッツの下で働いたピーター・オルスザグ行政管理予算局長は指摘する。その一例が医療改革案だ。オバマは公的な医療保険制度を創設し、民間保険会社と競合させようとしている。

政権批判は終わらない

 オルスザグはこう言う。「医療保険分野では、完全民営化を目指すべきだという考えが支配的だが、(スティグリッツの)主張は大きく食い違う。つまり、必要なのは折衷案だ。政府も重要な役割を担わなければならない」

 コロンビア大学で教授を務めながら静かな生活を送るスティグリッツだが、最近ではワシントンで温かく迎えられることもある。とはいえ大統領の助言役ではなく、もっぱら議会の証人としてだ。

 政府機関に復職したいと強く願っているわけではないが、スティグリッツはオバマから要請がなかったことに深く傷付いていると、友人らは言う。当然ながら、これもサマーズの差し金だったとスティグリッツは信じている(サマーズは否定)。

 その彼がなぜ、しかも直前になって大統領主催の夕食会に招待されたのか。スティグリッツと家族の間では、いくつかの説が飛び交っている。その1つが、オバマがインタビューで耳を傾けるべき批判派の1人としてスティグリッツを挙げたため、夕食会に招かなければ変だと思われると判断したというものだ。

 ローストビーフと大統領夫人が丹精して育てたレタスを味わいながら、大統領と語り合うのは自尊心をくすぐられる体験だった。それでもスティグリッツは不満を述べずにいられない。彼に言わせれば、批判派と時々食事を共にするだけで、最高の政策を立てられると考えるのは間違いだ。「最も厳しい論議や困難な決断は1時間半ばかり雑多なテーマを話し合っても生まれない」

 予言者スティグリッツに、ワシントンは栄光を与えないかもしれない。だが彼は今後も、正しい予言を口にし続けるつもりだ。 

[2009年7月29日号掲載]

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