最新記事

エコノミスト

嫌われ経済学者スティグリッツ

2009年8月24日(月)15時33分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

 ヨーロッパでも人気は絶大だ。ニコラ・サルコジ仏大統領は先日、グローバル化を再考する会議で彼のことを取り上げた。7月にスティグリッツがヨーロッパと南アフリカを訪れた際はゴードン・ブラウン英首相のオフィスから、ロンドンに寄って、首相が9月のG20サミットに出席する準備を手伝ってほしいと連絡が入った。

 おそらくスティグリッツを最も有名にしたのは、80年代ロナルド・レーガン米大統領の時代から世界経済を支配してきた考え方を、容赦なく攻撃していることだろう。すなわち市場は自分の力でうまく動くから、政府は黙って見守るべきだという考え方だ。

 アダム・スミスの時代以来、古典的な経済理論は、自由市場はほぼ例外なく常に効率的だと言い続けてきた。スティグリッツを筆頭とする学派は過去30年、この理論を反証する複雑な数学モデルを発展させてきた。

 スティグリッツたちに言わせれば、サブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅融資)の悲劇は、金融市場は政府の厳しい監視がなければ破綻しやすいことを証明するために起きたようなものだ。

 01年にノーベル経済学賞を受賞した論文では、取引の当事者が不平等に共有する「不完全な」情報は市場を大混乱に陥れかねないと指摘。サブプライム騒動はまさに、情報の多い人(住宅ローン会社やデリバティブ〔金融派生商品〕のトレーダーなど)が情報の少ない人(サブプライムローン証券を買い集めた世界中の投資家など)から搾取する構図だった。

 スティグリッツは次のように述べている。「グローバル化は、無知故に搾取できる新たな対象を見つけることを可能にした。われわれはその対象を見つけた」

 弱者と経済後進国に対する共感は、スティグリッツにとって自然と身に付いた。両親は教師と保険の営業員。ほこりだらけで鬱々とした工業都市のインディアナ州ゲーリーで、社会的不公正と労働者の対立を見詰めながら育った。

 スティグリッツ家には多くの中流家庭と同じようにアフリカ系アメリカ人の使用人がいた。彼女は南部の出身だった。「小学校しか行っていないアメリカ人がいまだにいるなんてと思った」と、スティグリッツは語る。

市場原理主義への警告

 幼い頃からのこうした経験は社会的良心を育んだ。そしてマサチューセッツ工科大学で学んでいたとき、スミスの言う「見えざる手」が常に正しい振る舞いに導くのなら、ゲーリーで目の当たりにしてきた失業や貧困など存在しないはずだと気が付いた。

「自分が教わっているモデルと育ってきた世界の不一致に衝撃を受けた」と、彼はノーベル賞の受賞スピーチで言った。さらに、見えざる手は「まったく存在しないのかもしれない」とも言った。

 解決策は、イデオロギーを超えて、市場主導経済と政府の監視のバランスを発展させることだとスティグリッツは語る。

 スティグリッツは長年、行き過ぎた市場原理主義はグローバル規模での経済崩壊を引き起こすと警告してきた。昨年、世界を襲った金融危機はまさにその一例だ。

 クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長を務めていた90年代前半、スティグリッツは途上国の早急な市場開放に反対。ウォール街から流入する「ホットマネー」を扱えるほど市場は成熟していないと主張した(が、無視された)。その後、銀行と証券・保険の兼業を禁じたグラス・スティーガル法の廃止にも異を唱えた(が、これも無視された)。

 住宅ローン証券化のリスクを口にし始めた時期は少なくとも90年にさかのぼる。市場や当局が「ローン申請者の審査の重要性」を軽視することになりかねないと、スティグリッツは懸念していた。

「現在の危機において最もケインズ的な立場にあるのがスティグリッツだ」と、マレーシアの経済専門家、沈聯濤は言う。

 20世紀の偉大な経済学者ジョン・メイナード・ケインズは1919年に著書『平和の経済的帰結』を発表し、第一次大戦の敗戦国ドイツに対する過酷な賠償要求は政治的破滅を招くと警告した。当時、耳を貸す者はいなかったが、ケインズの警告は第二次大戦という形で現実のものになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インタビュー:消費減税財源、外為特会「一つの候補」

ビジネス

EU衛星プロジェクト、価格と性能に競争力必要=ユー

ワールド

外国人旅行者のSNS審査案、上院議員がトランプ政権

ワールド

仏、8割が自国の安全保障懸念 「EU防衛力」への信
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 2
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活動する動画に世界中のネット民から賞賛の声
  • 3
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 4
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 5
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    それで街を歩いて大丈夫? 米モデル、「目のやり場に…
  • 8
    世界市場3.8兆円、日本アニメは転換点へ――成長を支え…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    フロリダのディズニーを敬遠する動きが拡大、なぜ? …
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 6
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 7
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 8
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 9
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 10
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中