最新記事

金融

ウォール街の更生を目指す数学オタク、ウィルモット

2009年7月15日(水)18時45分
マシュー・フィリップス

クオンツの数式偏重が生んだCDO

 リバプール郊外の小さな町バーケンヘッドで生まれたウィルモットは、オックスフォード大学で応用数学を学んだ。85年に流体力学の博士号を取得し、応用数学者としてのキャリアを歩み始めた。ロールスロイスでジェットエンジンのタービンを開発し、建物の爆破処理をする会社で爆薬の設置位置を計算した。

 金融に数学を応用し始めたのが80年代後半。93年に書いたデリバティブのテキストによって、その名が一気に広まった。講演会に銀行家が詰め掛けるようになった。02~05年には1億7000万ドル規模のヘッジファンドを運営し、年率利回りは平均15%を記録した。

 オックスフォード・ストリートをウィルモットは歩き続ける。もう地下鉄の駅をいくつも通り過ぎた。歩きながらウィルモットは、いま最もいら立ちを感じるテーマについて話し続ける。

 それがストラクチャード・クレジットだ。現在の金融危機の元凶ともいわれる商品で、数式偏重主義のクオンツが最大の被害をもたらした分野である。ウィルモットに言わせれば「倫理観も責任感もへったくれもない」商品ということになる。

 ストラクチャード・クレジットの最も一般的なものがCDOだ。銀行はいくつかの債務を抱き合わせ、それを小分けの債券にしてCDOを作り、投資家に売る。牛を解体して部位ごとに切り分け、ステーキ用からひき肉用まで、それぞれの品質に応じた価格を付けるのと同じだ。

 CDOは87年にドレクセル・バーナム・ランベールが初めて発行した。90年に同社が破綻した後、クオンツが現れるまで、CDOはしばらく市場から姿を消していた。

 2000年になるとCDO市場は、デービッド・X・リーの力によって再び活気を取り戻した。リーは、証券のデフォルト率の相関関係を予測する「ガウス型コピュラ関数」を考案した人物。このモデルを使えば、あるCDOが不良債権化した場合に、他のCDOも不良債権化する確率が分かる。

危機再来の確率を減らすために

 この公式の登場で、CDOの価格決定や売買が大幅にスピードアップした。CDOの取引高は04年の1570億ドルから、06年には5200億ドルへと急増した。

 CDO取引に手を出す銀行が増えるにつれて、利ざやは縮小し始めた。利回りを維持するため、銀行はさらに多くの債務をCDOに詰め込まなくてはならなくなった。いつかは爆発する爆弾を、どんどん大きくしていったようなものだ。

 リーのノーベル賞受賞がささやかれるようになった頃、世界経済はついに爆発した。ウィルモットはあきれ返る。「何の検証もせずに、誤った仮定を信じて、数兆ドルもの金をつぎ込んだんだ。うまくいくはずがないじゃないか」

 ガウス型コピュラ関数は、クオンツたちの抽象的な金融工学がいかに危険かを実証したと、ウィルモットは思う。「モデルをありがたがるのではなく、しっかり検証しないと」と、彼は言う。「面倒な作業だ。でも金融の世界をつかさどる大原則なんてあるはずはないし、相関関係が突然降って湧いてくることもないんだから」

 数式モデルが役立たないことに人々が気付く日が来ると、ウィルモットも思いたい。だが、彼はそこまで楽観主義者ではない。「みんな忘れちゃうだろうね。結局、何一つ変わらないと思う」

 負け戦を戦っていることは、ウィルモットも分かっている。数千人のクオンツを「更生」させたくらいで、金融界は変わるものではないだろう。

 それでも、クオンツの再教育は続けなくてはならないと、ウィルモットは思っている。これから金融崩壊が訪れる確率を少しでも減らしたいという一心からだ。

 グロブナー・スクエアから5キロは歩いた。セントポール大聖堂の近くで通りを渡ろうとしたとき、ウィルモットはCQFの授業に遅れることに気付いた。「まずい、あと10分で始まるよ!」

 軍拡競争の中で新兵器を授けてほしい受講者たちは、1秒の遅刻も許してくれないだろう。

[2009年6月24日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国軍が東シナ海で実弾射撃訓練、空母も参加 台湾に

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中