最新記事

【9】レガシーコストがビッグ3を追い詰めた。

ウラ読み世界経済ゼミ

本誌特集「世界経済『超』入門」が
さらによくわかる基礎知識

2010.04.12

ニューストピックス

【9】レガシーコストがビッグ3を追い詰めた。

2010年4月12日(月)12時06分

 米大手自動車メーカー3社(ビッグスリー)が連邦破産法11条の適用申請を検討していることは、これまで繰り返し報じられてきた。この法律が適用されれば、一旦破綻してから経営再建を目指すことになる。

 この苦境の一番の原因はGM、フォード、クライスラーの3社が造るクルマの販売が不振なことだ。だが、ここまで追い詰められた背景には「レガシーコスト」と呼ばれる問題がある。

 国民皆保険制度のないアメリカで、大企業は伝統的に従業員の年金と医療保険を負担してきた。ところが過去に約束した年金と退職者向けの医療保険の支払いが重過ぎ、ビッグスリーの収益を圧迫している。これが過去からの「負の遺産(レガシー)」にかかる費用、レガシーコストだ。

 特に退職者への年金と医療保険の問題が大きい。例えばGMは過去10数年間、年金と医療保険に年平均70億ドルを支払っている。07年3月時点でビッグスリーの全米自動車労組(UAW)加盟の組合労働者数18万人に対し、年金や医療保険の権利を持つ退職した組合員と死亡した組合員の配偶者の数は計54万人近かった。GMの場合、現役組合労働者1人につき5人近い退職者が存在する。「クルマも造る年金・医療保険管理会社」と揶揄されるゆえんだ。

 ここまで年金などの規模が拡大したのはUAWの力が非常に強かったから。第二次大戦後の好況で自動車が大量に売れた約60年前に企業年金制度を導入して以来、UAWは年金や退職者に支払う医療保険の権利を拡大させてきた。当面の賃上げより年金などの将来の約束のほうが、会社が譲歩しやすかったという事情もある。経営陣は好業績を出すことに集中して莫大なボーナスをもらい、問題は先送りされた。

 こうしてビッグスリーの車1台に対する年金や医療保険を含めた人件費の割合は、日本車よりもはるかに高くなった。GM車1台に占めるレガシーコストの金額は、約1400ドルといわれ、一方の日本車メーカーはアメリカ工場での退職者はほとんど発生していないため、そうしたコストは1台当たり100ドルほどだという。

 ビッグスリーは組合との交渉で年金などへの支払いを減らす交渉を続けてきた。07年にはUAWが運営する退職者向け医療保険基金をつくる合意が成立している。ただし、フォードは136億ドル、GMは200億ドルの巨額の拠出金を支払わねばならない。

 最後の手段は破産法の適用だ。この手法なら法的に負債が整理でき、一気にレガシーコストの圧縮が可能になる。しかし、1度破綻した会社のクルマを消費者が買うかどうかは分からない。米自動車業界の経営陣は失敗を恐れ、賭けに出られずにいる。

 当面の運転資金にも事欠くGMとクライスラーは昨年12月、計174億ドルを政府から借りたが、追加支援についてはオバマ政権から厳しい条件を付けられた。ビッグスリーはまさに瀬戸際まで追い詰められている。

[2010年4月14日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中