最新記事

隠れた名湯に伝統を求めて

外国人の
ジャパンガイド

相撲の朝稽古から鉄道、
秘湯、お遍路まで
日本人の知らない日本の旅し方

2009.09.16

ニューストピックス

隠れた名湯に伝統を求めて

古き良き和の美学が息づく静かな湯宿は、「本物」の日本を探し求める外国人に喜びを与えてくれる

2009年9月16日(水)11時01分
ロバート・ネフ(元米ビジネスウィーク特別編集員)

大自然に溶け込む 群馬県・宝川温泉の汪泉閣は日本の伝統を色濃く残している

 10年ほど前、仕事でイギリスにいた日本人の友人から相談を受けたことがある。一時帰国することになったのだが、ついては日本の温泉の本を書いている私に、イギリス人の友人と一緒に行ける東京近郊のスポットを推薦してほしいという。

 私はすぐに思いついた。それなら伊豆の河鹿庵だ、と。

 河鹿庵はこぢんまりした家族経営の旅館で、七滝温泉の奥まった場所にある。交通の便は悪くないが、伊豆の開発ラッシュには巻き込まれていない(現在は廃業)。

 この友人がイギリスに戻る前にかけてきた電話を、私はずっと忘れないだろう。「ありがとう。あれほど素敵な場所がまだ日本にあるとは知らなかった。日本人に生まれてよかったよ」

 よかったと、私も思った。自分が発見した「秘湯」は外国人だけでなく、日本人にも受けることがわかったからだ。その後、私は95年に英語の秘湯ガイドブックを出版。さまざまな日本のメディアから取材や講演を依頼されるようになった。

 日本人は、この火山列島が生み出した自然の贈り物をますます楽しんでいるようだ。20年ほど前までは年配者向けの保養地だと思われていた温泉だが、しだいに若い世代の人気が高まり、OLの間で「温泉ブーム」が巻き起こった。

 当時は温泉といえば、熱海や伊東、別府といった大規模な観光地のことだったが、ここ10年ほどはもっと伝統的な「隠れた名湯」に若い世代が集まりはじめている。こうした秘湯は、伝統的な美意識と雰囲気、自然との調和が味わえる貴重な宝物のような存在だ。

 数年前、私は妻と栃木県の奥鬼怒温泉郷にある旅館、八丁湯を訪れた。大自然の中に4軒の旅館が点在する、この温泉地を訪れたのは20年ぶりだった。当時は年輩者ばかりが目についた。

世界の温泉と一線を画す「伝統の輝き」

 しかし今回は、食堂で日本人の若い男女のグループと隣席になった。東京から6時間かけてやって来たという彼らにその理由を尋ねると、「自分たちのルーツを再認識するため」という答えが返ってきた。

 温泉は日本人が心から誇れるものの一つだ。これに匹敵するものは世界のどこにもない。イギリスのバースには古代ローマ時代の有名な大浴場があるが、今は入浴できない。ドイツのバーデンバーデンは世界的に評判だが、せいぜい医療施設のような雰囲気が漂うカジノつき温水プールといったところだ。アメリカや韓国にも温泉はあるが、魅力的とは言いがたい。

 日本の温泉が特別なのは、秘湯が伝統文化を守る役割を果たしているからだろう。私は以前、ある日本の週刊誌からお気に入りの温泉宿を10軒リストアップするよう頼まれた。そのなかで私は、岩手県・大沢温泉の菊水館の名前をあげた。日本の伝統を色濃く残している旅館だったからだ。

 数年後、私は妻を連れて菊水館に泊まった。風呂から上がって食事にしようと部屋に戻ると、まもなくドアをノックする音がして、ジャケットにネクタイ姿の老人が現れた。ビール瓶を2本、盆に載せている。

「ロバート・ネフさんですね」と、老人は言った。そうだと答えると、老人はこう切り出した。「私はこの温泉の責任者です。記事のお礼を申し上げたくて」

 私は訳がわからず、どういうことかと尋ねた。どうやら、あの週刊誌の記事が岩手の新聞に取り上げられたらしい。新聞の記者は、伝統文化を大事にしているという理由で菊水館がトップ10に入ったことに着目し、岩手県は観光客を集めるために伝統文化のPRを本格的に検討するべきではないかと指摘したという。

 秘湯マニアの私を見て、多くの日本人の知人は不思議に思うようだ。秘湯を「ひゆ」と読みまちがえる人もいる。彼らが日本の素晴らしい伝統文化を見過ごしているのは、ちょっと残念だ。

 私が秘湯を愛する理由はいたってシンプル。1960年、13歳だった私はアメリカ人の両親とともに来日した。東京の世田谷区で5年間過ごす間に、箱根や湯河原、日光、別府などさまざまな場所に旅行した。日本の汚されていない田園風景と根強い伝統文化に、心を奪われたものだ。

 その後、79年に米ビジネスウィーク誌の特派員として日本に戻った私はショックを受けた。少年時代に恋をした「古き良き」日本は姿を消してしまったようだった。どこもかしこもコンクリートに覆われ、わらぶき屋根は青いビニール素材にとって代わられていた。水田の真ん中には自動販売機。国立公園には美観を損なう高層ホテル。これは私の好きだった日本ではないと、絶望的な気分になった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、11月は予想外に低下 現況は

ビジネス

グリーン英中銀委員、賃金減速を歓迎 来年の賃金交渉

ビジネス

中国の対欧輸出増、米関税より内需低迷が主因 ECB

ビジネス

インフレリスクは均衡、想定より成長底堅い=クロアチ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入…
  • 7
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 8
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中