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サブプライムショックで世界同時株安
アメリカの住宅ローン焦げつきが、証券化でバラまかれた「見えないリスク」を通じて世界に飛び火
カリフォルニア郊外の住宅価格と、ヨーロッパの銀行の経営状況や香港証券取引所のIPO(新規株式公開)との間につながりなどあるのか。「大いにある」というのが最近の答えだ。
この数週間、アメリカのサブプライムローン(信用度の低い人向けの住宅融資)の焦げつき問題はアジアのIPO市場やドイツの銀行を打ちのめし、新興国投資に冷や水を浴びせ、世界をまたにかけたヘッジファンドに打撃を与えた。
なぜ、住宅ローンを返済できないアメリカ人が増えるとこのような事態が起きるのか。その理由は、世界経済を左右する要因として「リスク」の存在感が高まっていることにある。
リスクという概念は、人類が貝がらを通貨として使いはじめたときから存在した。だが、一つの商品としてリスクを売買する仕組みが発明されたのはここ数十年のこと。住宅ローンなどの債権を証券化して、世界規模で投資家から投資家へ売買できるようになった。
このようにしてリスクを分散させれば、それが衝撃吸収剤の役割を果たして、1929年の世界恐慌のような「連鎖反応的な破綻」を防げると、02年に当時のアラン・グリーンスパンFRB(米連邦準備理事会)議長は言った。
しかし、大物投資家のウォーレン・バフェットやジョージ・ソロスは疑念を感じていた。投資家の理解が不十分なまま、借入金に大きく依存して、世界規模で証券化債権への投資が行われれば、むしろ金融市場の不安定を増幅させる連鎖反応が起きかねないと、バフェットやソロスは考えたのだ。
見えないリスクに市場がパニック
少なくとも現時点では、懐疑派の予測が当たっているようだ。各国中央銀行が3250億ドルの資金を金融市場に供給し、FRBが公定歩合を引き下げたこともあり、市場の動揺は先週ひとまず落ち着いた。だが、サブプライム問題が世界の株式市場を揺さぶった7月末以降、金融ニュースは暗い話ばかりだ。
投資家のろうばい売りは、ストックホルムからソウルまで世界中に波及した。問題の実際の深刻度とかけ離れた過剰反応のようにみえる。不安定な市場に警戒心を強めた投資家たちは、米住宅ローンに関係のある債権だけでなく、価格下落の可能性のある投資商品を片っ端から手放しはじめたのだ。危機が次にどこに波及するか、投資家は神経をとがらせている。
一連のパニックを引き起こしたのは、そうした「まだ見えていないリスク」への怯えだった。この3週間の世界的株価下落は株式市場に必要な調整だったという楽観論も聞こえるが、もっと厳しい見方をする専門家は多い。
証券大手モルガン・スタンレーの中国部門ストラテジストのトップは8月16日、新興市場に「第4弾の金融危機」が起きるかもしれないと指摘(それ以前の3度の金融危機とは、80年代の中南米の債務危機、90年代のメキシコ・ペソ危機、97~98年のアジア通貨危機のこと)。その影響でアメリカ経済が「深刻な景気後退局面」に突入し、世界経済全体の足が引っ張られかねないと警告した。
不良債権問題以外に危機が拡大した場合の危険性は明らかだ。相場の暴落が株式だけでなく、たとえばヨーロッパの不動産市場や、好調な中国経済の旺盛な需要を追い風に活況を呈している商品市場に飛び火すれば、火の手を抑え込むのはますますむずかしくなる。
株価下落の実体経済への影響は
いま最大の不安材料は、株価の下落がアメリカ、ヨーロッパ、日本、さらには中国やインドなど、世界経済を牽引する国々の景気に及ぼす影響だ。
証券大手メリルリンチは先週、アメリカ経済の成長率の予測値を2・3%から1・6%に下方修正した。アメリカの景気失速がこの程度にとどまれば、アジア経済はもちこたえられると、同社のアジア部門チーフストラテジストのマーク・マシューズは言う。だが「1%を割り込むようだと、事情はまったく変わってくる」。
アメリカの住宅市場は、すでに深刻な不況に陥っている。業界内の最新の推計によれば、(住宅ローンの返済不能などにより)今年マイホームを失う世帯は約200万にのぼるという。しかも、住宅市場の冷え込みは、個人消費に悪影響を及ぼしはじめている。サブプライム問題の火の粉は、ヨーロッパにも降りかかっている。住宅ローン担保証券を転売せずに保有し続けていたドイツの旧国営の中規模銀行が2行破綻したのだ。
アジアでは、サブプライム問題をきっかけに、有力な輸出市場である欧米の経済がつまずいた場合にアジア経済は果たして自力で成長を続けられるのかという疑問がもち上がっている。
カギを握るのは、やはり中国経済だ。現在のアジア域内貿易の中心をなすのは、欧米向けの輸出品を製造する中国の工場で用いる部品や原材料なのである。アメリカの景気が後退しはじめれば、「中国経済も大幅に失速するおそれがある」と、香港の証券会社CLSAのシニアエコノミスト、アンソニー・ナフテは言う。
そうなれば、中国で大勢の労働者が失業し、株価は下落。そして、ドミノ現象を引き起こす要因の一つが表面化してくる可能性が高い。そのドミノの駒とは、中国の国有銀行が大量にかかえる不良債権だ(中国の公式統計によれば、不良債権の割合は7・5%。健全な金融機関は2%程度とされる)。
コンサルティング会社センテニアル・グループのマヌ・バスカランに言わせれば、中国の不良債権問題は「爆発するのを待つ時限爆弾」だ。「乏しい信用文化に、金余り、自信過剰、投機的行動が重なれば、不良債権問題が発生するのは毎度のこと」だと、バスカランは指摘する。
確かに、この図式は目下のアメリカのサブプライム問題にぴったりあてはまる。だが、世界経済の激震を和らげるための衝撃吸収剤として、複雑な証券化の仕組みを用いることも問題なのか。
「(金融技術革新という)好ましいことが実現した結果、従来存在しなかった弱点が生まれるのではないかという議論はあるが」と、ジョージ・メイスン大学のタイラー・カウエン教授は言う。「小さな銀行が住宅オーナーに金を貸して、あとはただ返済を待つだけだった時代、ローン金利はもっと高かった。そんな時代に戻りたい人はいないだろう」
それに、革新が花開く陰には、いつも失敗例がついて回ることも忘れてはならない。シリコンバレーに始まりシンガポールにいたるまで、世界のビジネスの中心地には、破綻した新興企業のしかばねがごろごろ転がっている。
しかし、投資家はそれどころではない。新生銀行のマーク・キューティスCIO(最高投資責任者)の言葉を借りれば、「誰が有毒なゴミを大量にかかえ込んでいるのかわからない」のが現在の状況。いま世界の大半の投資家は、「まだ見えていないリスク」に対する恐怖で頭の中がいっぱいなのだ。
[2007年9月 5日号掲載]