コラム

中国のプロパガンダ映画が、思わぬ反応を招いてしまった政府の大誤算

2021年10月20日(水)12時02分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
映画『長津湖』

©2021 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<朝鮮戦争の有名な戦闘を題材とした映画『長津湖』は大ヒットしたが、同時に観客たちの思わぬ反応を招いてしまった>

今年の国慶節期間中、愛国映画『長津湖』が中国で大ヒットした。政府の意に沿って製作された映画で、各地の学校や組織を総動員した結果、公開11日目で興行成績は40億人民元(710億円)を突破した。米中関係が悪化するなか、対米プロパガンダの一環だといわれている。

映画の題材は朝鮮戦争の有名な戦闘「長津湖戦役(長津湖の戦い)」だ。71年前の1950年11月、中国人民志願軍と名前を変えた人民解放軍が朝鮮戦争の戦場でいかなる苦難にも屈せず、人海戦術で米軍を撃退し勝利を収めた偉大さを褒めたたえた。氷点下40度の酷寒の戦地で無数の列を作った中国人兵士が氷彫刻の群像のように凍えている──過酷な戦場を再現した映画に観客は震撼し、愛国心を強めた。そして、朝鮮戦争の歴史に対する好奇心も呼び起こした。

ここで厄介事が起きた。関心を持った観客によって戦争経験者の証言やアメリカが作ったドキュメンタリー映画など歴史資料が掘り返され、中国SNSでたくさんシェアされたのだ。

朝鮮戦争はアメリカの侵略戦争であり、朝鮮の次に中国を侵略する企てがあった。だから中国の参戦は「抗美援朝、保家衛国」の正義の戦いだ──と中国の学校では教えられてきた。しかし歴史資料を見ると必ずしもそうではない。

まず戦争は北朝鮮が韓国を侵略して始まった。ならば、240万以上の兵力を投入した中国の北朝鮮への援助は正義と言えるのか。何十万という中国の若者の命と引き換えに、独裁政権を生き延びさせたことは勝利と言えるのか。長津湖の戦いで戦死ではなく凍死した中国人兵士の犠牲は、北朝鮮の人々に自由かつ豊かな生活ではなく、不自由と貧しい生活だけをもたらした。これほど悲しいことはない。

中国のネットでは公開をきっかけに、朝鮮出兵に対して批判の声が出始めた。だが、投稿は次々削除され、映画を批判したある有名なジャーナリストは英雄侮辱罪で逮捕された。

現在の中国は、時々「西朝鮮」と皮肉られる。北朝鮮のような危ない存在という意味だ。71年前のまるで北朝鮮のように、「北の大国」ロシアの暗黙の了解を得て、「南の小島」台湾を攻撃する可能性は十分にあり得る。歴史は繰り返すのだ。

ポイント

禁止差评
悪い評価禁止

抗美援朝、保家衛国
アメリカに反撃を加え朝鮮人民を支援し、郷土と国を守る

長津湖戦役
1950年11月から12月にかけて、現在の北朝鮮中部にある長津湖付近で起きた朝鮮戦争での戦闘。戦局巻き返しのため参戦した中国軍と米軍を主とする国連軍が初めて交戦した。米軍を包囲した中国軍側にも防寒具や食糧の不足で大量の死者が出た。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイ、米関税で最大80億ドルの損失も=政府高官

ビジネス

午前の東京株式市場は小幅続伸、トランプ関税警戒し不

ワールド

ウィスコンシン州判事選、リベラル派が勝利 トランプ

ワールド

プーチン大統領と中国外相が会談、王氏「中ロ関係は拡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story