コラム

「反権力」の時代の終わり

2015年08月11日(火)17時00分

 振り返って見れば、ヨーロッパの絶対王政のころから近代の国民国家にいたるまで、国家というシステムは「上意下達」だった。システムの管理者は権力者として上座にいて、国民を上から指示し命令し、規範を押しつけていた。管理する側とされる側は、分離した存在だった。だから「殺す側と殺される側」「権力者と反権力」といった二分論が成立したのである。

 しかしいま起きているマイクロパワーの台頭は、まったく違う権力構造をつくり出そうとしている。国家の力が相対的に下がり、さまざまなマイクロパワーが相対的に増大し、そこでは権力は上からやってくる所与の力としてではなく、さまざまなパワーの相互作用というようなものへと変質していくことになる。

 もちろん政府や自治体が統治機構としての意味をなくすわけではない。しかしそれらの統治機構は、人々や組織などさまざまなパワーの間の相互作用としてしか生成されない。マイクロパワーが相互につながり、さまざまなパワーゲームを行うことによって生まれてくるネットワーク的なものが、新しい統治の形態となる。

 このネットワーク化された統治構造を下から支えるのが、21世紀型に最適化されたグローバル企業となるだろう。しかしこれら新しいグローバル企業はかつてのような上から支配する権力としてではなく、下から支えるインフラとしてのパワーとして成立するようになる。インフラは大きな収益を企業にもたらすが、規範や法律を目に見えるかたちで利用者に強制するわけではない。おまけにこのインフラは、市場原理によって常に入れ替えられていくから、絶対的な権力にはなり得ない。

 2009年、作家の村上春樹氏はイスラエルの文学賞「エルサレム賞」授賞式に出席し、英語でこうスピーチした(翻訳は『文藝春秋』2009年4月号に掲載されたもの)。

「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私はつねに卵の側に立ちます。そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます」

「ある場合には単純明快です。爆撃機や戦車やロケット弾や白燐弾や機関銃は、硬く大きな壁です。それらに潰され、焼かれ、貫かれる非武装市民は卵です。それがこのメタファーのひとつの意味です」

「我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。その壁は名前を持っています。それは『システム』と呼ばれています。そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々に人を殺させるのです。冷たく、効率良く、そしてシステマティックに」

プロフィール

佐々木俊尚

フリージャーナリスト。1961年兵庫県生まれ、毎日新聞社で事件記者を務めた後、月刊アスキー編集部を経てフリーに。ITと社会の相互作用と変容をテーマに執筆・講演活動を展開。著書に『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『当事者の時代』(光文社新書)、『21世紀の自由論』(NHK出版新書)など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰

ワールド

トランプ氏、安保副補佐官に元北朝鮮担当ウォン氏を起

ワールド

トランプ氏、ウクライナ戦争終結へ特使検討、グレネル

ビジネス

米財務長官にベッセント氏、不透明感払拭で国債回復に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 8
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 9
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 10
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story