コラム

イスラエル・ハマス軍事衝突へのアメリカの反応はかなりバラバラ

2023年10月11日(水)14時10分

最悪なのは、本稿の時点でも夜を徹して続いているイスラエル軍による空爆と、水や食糧を含めた完全封鎖によって、ガザ地区で予想外の人道危機を起こしてしまう可能性です。バイデンはここまでイスラエルへの連帯を口にし、また自国民の死亡と人質を取られていることを明かした以上は、仮に限度を超えた事態になった場合には、連帯責任を問われる危険もあります。

では、バイデン批判を強めている共和党はイスラエル支持で団結しているのかというと、必ずしもそうではありません。強硬派がマッカーシー下院議長を引きずり降ろした後任は、まだ選出できておらず、議長なき下院はほぼ権力が停止したままで危機対応ができる態勢になっていません。今回の事件にショックを受けて、直ちに党内の統一が図られるかというと、これは分かりません。現地の10日現在、幹部による調整が延々と続いているようですが、現地時間の11日水曜に予定されている議長選挙までに調整ができるかは、まだ不透明です。

また、トランプ候補に関しては、大統領在任中にイスラエルから得た機密事項をロシアに流して、それがイランやハマスにわたっているという批判が出ています。そのトランプ本人は、9日月曜にニューハンプシャー州で行った演説では、事件を受けて、自分が当選したら「イスラム教徒の入国禁止」を行うなどという、8年前とソックリの発言をしていましたが、あまり話題になってはいません。

その一方で、人気が急上昇しているのがニッキー・ヘイリー元国連大使です。彼女は、現在の共和党の大統領候補の中ではほぼ唯一、ブッシュや故マケインのような西側の国際協調主義を掲げたクラシックな外交タカ派です。そのヘイリーは、攻撃のニュースに対してすぐに「イスラエル支持、テロリズム反対」という強硬なメッセージを出して話題になっています。前回のテレビ討論後の評判も良く、年明けの早期に予備選のあるニューハンプシャー州では、支持率で2位に浮上してきています。

事態を受けて、株式市場は意外と平静です。奇襲攻撃が週末で、週明けの月曜の朝は多少下がりましたが、その後はダウ平均もナスダックも堅調に推移しています。バイデンがアメリカ人の殺害と人質の問題を明かした後も、市場は動揺していません。また、原油価格は、下落基調が反転して少し上がりましたが暴騰というほどではありません。市場関係の報道では、人質の奪還交渉を進める必要から、ネタニヤフ首相は「ある程度」は自制的に行動するだろうという見通しが共有されているようです。

パレスチナ擁護の動きも

一方で、社会の反応としては、全国各地でユダヤ系の中間派から右派が「イスラエル支持」のデモ、あるいは攻撃で犠牲になったイスラエル人への追悼を行っています。また、模倣テロを警戒して、全国のシナゴーグ(ユダヤ教寺院)では、地元の警察が警戒にあたっています。また、事態を受けてイスラエル軍に入隊しようとするアメリカの若者も出てきており、その様子も報道されています。

では、全国的にイスラエル支持が高まっているのかというと、必ずしもそうではなく、多くの大学ではハマスへの理解を主張する動きがあります。少なくとも、ハーバード大学、コロンビア大学では複数の学生団体が連合して、「ハマスの暴発の背景には困窮がある」「人口密集地ガザでの人道危機は回避すべき」という主張を繰り広げています。UCバークレー、バージニア大学などでも同様の動きがあります。

そんな中で、フロリダ州のゲインスビルにあるフロリダ大学では、9日月曜の晩に「イスラエルに連帯」して犠牲者を追悼する集会が行われていたのですが、途中で何か大きな音がしたところ、参加者がパニックになり、将棋倒しなどで多少の負傷者が出ました。これは全国ニュースで大きく取り上げられており、要するにイスラエル支持の側が、ハマス支持のグループとの衝突を過度に警戒していたという解説がされています。

ニューヨークなどが特にそうですが、各都市の警察としては、双方の支持者のデモを「うまくルートを分けて、両派を遭遇させない」ことに神経を遣っているようです。

若者の間にパレスチナ側への理解があるのは、環境や格差の問題に敏感なZ世代が中心になっています。例えば、若者の絶大な支持を受けているアレクサンドリア・オカシオコルテス(AOC)議員のグループは、パレスチナの権利と安全の確保を主張しています。自身がユダヤ系で、しかもイスラエルの入植地で数年を過ごしたこともあるバーニー・サンダース議員も、支援者を通じて「双方の人命を最優先せよ」という言い方で、イスラエル国防軍の過剰な報復を警戒するメッセージを出しています。

そんなわけで、今回の中東における戦争勃発に対するアメリカの各方面の反応は、意外とバラバラです。むしろ、様々な立場と対立を浮き彫りにしたという印象もあります。ただ、バイデンとトランプという、現時点での民主・共和の有力候補にとっては、どちらにも、この事件は失点につながりそうな気配があります。特にバイデン政権にとっては、団結で政治的求心力を回復するというよりも、60億ドルの凍結解除問題と現在進行形の人質問題が、重くのしかかっていると言えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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