コラム

岸田少年はどのように「ニューヨークで差別された」のか?

2023年02月15日(水)16時00分

もう1つの可能性は、異民族であるアジア系への侮蔑という問題です。当時は、まだまだクイーンズ区へのアジア系の移民が本格化する前でした。岸田少年は、その先駆と言うべき存在であったわけです。その後は、多数のアジア系移民を受け入れたクイーンズですが、半世紀を経た現在は、コロナ禍を受けたアジア系へのヘイト犯罪が猛威を振るっています。当時の差別を放置せず、キチンと和解へと持っていくことは、まさに現在進行形のアジア系差別に対する強力な回答となるでしょう。

この点に関しては、実は2022年9月に首相がニューヨークの国連総会に出張した際に、私はニューヨークの地元日系紙『週刊NY生活』に、その「白人の女の子」を探し出して「和解のセレモニー」をするべきだと主張したことがありました。

この提案を官邸がピックアップしたのかどうかは分かりませんが、この2022年秋の国連総会のタイミングでニューヨークに出張してきた首相は、帯同していた裕子夫人を、自分の代わりに、自分が昔通学していたクイーンズ区エルムハーストの市立小学校PS13に派遣し、裕子氏が4年生のアートのクラスを見学したそうです。

岸田裕子氏は、授業のはじめに生徒たちに「けん玉」を配り、学校長へ首相の筆で「天真爛漫」と書かれた色紙を贈呈し、児童とともに折り紙で「着物」を折るというアクティビティを行ったそうです。その際に、首相からは学校関係者に、「(当時の先生はもういないが)小学校生活を楽しく過ごしたことを伝えてほしい」とのメッセージがあったそうです。

差別問題への姑息な対応

このイベント自体は、毒にも薬にもならない内容です。ですが、これでは、首相個人として懸案の「被差別体験をひきずる」のをやめて「和解という勝利」に持ち込むことには全くなっていません。まして「天真爛漫」の一筆に加えて「楽しく過ごした」などというメッセージを夫人に託して往時の経験を美化するのはハッキリ申し上げて姑息です。

これでは、岸田氏個人だけでなく、ニューヨークをはじめ、アメリカの日系人・日本人社会としても、アジア系の社会としても、名誉を確認することにはなりません。

仮に在外公館などが「動物園で隣だった白人の女の子」を探し出すことができなかったとしても、当時のクラスメイト何人かを集めて同窓会を行うとか、岸田氏として現在のクイーンズ区の人種多様性を讃えるイベントを主宰するとか、何か「やりよう」はあると思います。ニューヨークはコロナ禍の影響で、アジア系へのヘイト犯罪が多数発生し、アジア系への差別問題は喫緊の課題でもあります。

ほかでもない岸田氏自身が、日米の防衛力の連携を強化し、お互いのコミットメントを高めようとしているのです。この同盟関係をより強固にするには、両国世論が高いレベルでの相互信頼を維持することが何よりも大切です。首相自身が、相互の信頼と、絶対的な対等関係を行動で示すことで、率先してもらいたいと考えます。

冒頭の国会での発言に戻るならば「差別を受けた痛みを知っている」ということで、差別的な発言や差別的な人材を任命したことが免罪されるという発想は、やはり違うと思います。その姑息さを根本から断ち切るには、やはり少年時代に受けた差別経験を堂々と和解に持ち込み、屈折した「引きずり」を断ち切ることが必要だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪経済見通し、現時点でバランス取れている=中銀総裁

ワールド

原油先物横ばい、前日の上昇維持 ロシア製油所攻撃受

ワールド

クックFRB理事の解任認めず、米控訴裁が地裁判断支

ワールド

スウェーデン防衛費、対GDP比2.8%に拡大へ 2
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story