コラム

日本社会の格差を加速させる、深刻な「悪い円安」

2022年03月30日(水)12時00分

ただ、株価が上がれば売った株の代金が日本国内の消費に回るだろうし、また多国籍企業の従業員は多少賃金が上がる、そうなれば国内の消費も潤う、これが「アベノミクス第一の矢」の本質でした。そうした「トリクルダウン」については、実は期待したほどではありませんでした。

安倍政権が、大卒比率50%という教育水準の高いこの国で、「観光が主要産業」という悲劇的な政策に走ったのも、国内経済が空洞化したからです。つまり円安の効果が多国籍企業に限定されており、その恩恵を全国に行き渡るようにすることはできなかったからです。

安倍政権時代にこの円安政策が機能した、もう1つの理由は、エネルギーの価格が安かったということです。東日本大震災後に大きく化石燃料にシフトした日本経済は、大量のエネルギー輸入に依存して行きました。ですが、円安にもかかわらず国際的なエネルギー価格が低迷していたために、その弊害が大きく緩和されていたのです。安倍総裁の自民党が選挙に勝ち続けて、アベノミクスが継続した背景には、こうした構図がありました。

激変した経済環境

ですが、現在は環境が激変しています。

まず、多国籍企業における空洞化はどんどん進んでいます。特に自動車産業の場合は、EV化という点で、日本国内は市場としても製造拠点としてもメリットがなく、このままエネルギー革命に失敗するようですと、空洞化がより進行する気配です。

そのエネルギーに関しては、ポストコロナの需要増に加えて、ロシア・ウクライナ戦争のために市場空前の高値圏に入っています。それにもかかわらず、日本は脱化石燃料が進んでいません。国内の雇用を生み出していた、観光産業はここ2年間、コロナ禍のために壊滅的な苦境が続いています。

こうした中で円安が進行することは、同じ「日本企業」であっても利益の出ている多国籍企業では円建ての利益や株価がさらに膨張する一方で、市場が国内に限定されるサービス業などでは、需要が激減する中で、原油高・資源高などのコスト増がのしかかっています。農林水産業や食品工業などもコスト高が直撃しています。

つまり、今回の円安は格差を加速する「悪い円安」になりつつあると考えられます。これに対して、社会主義的な再分配を過度に行うと、ただでさえ低い生産性を悪化させ、空洞化をさらに拡大するだけの悪循環に陥る懸念があります。DXの遅れの挽回、エネルギーの最適なミックス、先端分野への戦略投資、反復作業ではなく知的労働に最適化した教育改革など、徹底した改革が求められます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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