コラム

ノーベル物理学賞の真鍋博士が伝える、好奇心を育む教育の責務

2021年12月15日(水)16時20分

真鍋淑郎博士(右)と筆者の冷泉彰彦氏(左)(筆者提供写真)

<地球温暖化の影響に関しては、人々の生活を脅かす洪水と旱魃の問題を強く懸念している>

今年のノーベル物理学賞を受賞した気象学者の真鍋淑郎博士に対談でじっくりお話を伺う機会がありました。教育論に関する部分を中心とした部分の記事は、12月14日の朝日新聞に掲載されていますが、その他にも重要なメッセージをうかがうことができたので、ご紹介したいと思います。

1つは、好奇心という問題です。対談の始めにあたって、真鍋博士が四国のご出身であることから、瀬戸内の気候や風土の話題を取り上げました。その際に真鍋博士は、少年時代に「四国の広い空を見るのが好きだった」という体験をお話しして下さいました。特に雲が時々刻々と変転していく様子は「見飽きなかった」というのです。私は、元々が文学の人間ですから、その「雲の変転」というのが博士の原体験なのかと思って伺っていました。

ところが、次の瞬間に博士は厳しい表情になって、日本には「豪雪、台風、梅雨」という3つの自然災害がありこれに悩まされてきた、ということに言及されました。「それを何とかしたい」というのが博士の原点だというのです。「ところが当時の天気予報は精度が悪い」ということで、そうした「勘に頼った天気予報」を科学的な「数値予報」に変えたいという思いが募ったという、そこから生涯をかけた研究テーマが出てきたのでした。

自然災害から日本を救いたい

その時は、やはり真鍋博士は骨の髄まで科学者であって、ロマンチストとは少し違うという印象を受けたのです。ですが、対談の後半で、日本の若い人々へのメッセージや教育論を展開していた際に、「好奇心」を大事にしなくてはならないということを何度も繰り返された際に、ハッと気付かされたのです。

一般に「好奇心」というと、とにかく「純粋に知りたい」「ただひたすら知りたい」という単純な心理というように考えがちです。ですから、一種の人畜無害なものだとか、あるいは少年少女の幼い心の動き、大人でもどちらかといえば趣味の世界というような受け止めをしがちです。

ですが、本当は違うのです。真鍋博士が少年時代に「雲の変転をいつまでも見飽きなかった」というのは間違いではないでしょう。雲の動きを含めた大空を美しいと思ったのも本当だと思います。ですが、おそらくその時に「雲の動き」を見ながら、そのように雲が「動く」ことが天候の変化につながるのだから、雲の動きのメカニズムを知ることは予報精度の向上につながる、という発想も芽生えていたのだと思われます。さらにその背景には、過酷な自然災害から列島を救いたいという発想もあったかもしれません。

好奇心というのは、そういうものではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物続伸、ウクライナ紛争激化で需給逼迫を意識

ビジネス

午前の日経平均は反発、ハイテク株に買い戻し 一時4

ワールド

米下院に政府効率化小委設置、共和党強硬派グリーン氏

ワールド

スターリンク補助金復活、可能性乏しい=FCC次期委
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story