コラム

日本のワクチン接種は、なぜここまで成功したのか

2021年11月10日(水)14時00分

1) とにかくワクチンの接種率を高めることに成功した。「接種完了(ファイザー、モデルナの場合2回、J&Jの場合1回)者の全人口に占める割合は、11月9日時点のジョンズ・ホプキンズ大学の集計では、
▽日本......74.26%
▽アメリカ......59.15%
と大きな差がついた。

2) 特に、夏以降、集中的に現役世代と若者の接種が進んだことで、活動的な集団における接種率があるレベルを超えて「集団免疫」に近い状態となった。

3) この現役世代と若者の接種率の高い集団は、接種完了から月数が経過しておらず、免疫力が高いことが相乗効果となって、デルタ株の感染力に優越することができた。

世界を見れば、韓国やイスラエル、チリのように日本より接種率が高いにもかかわらず、新規感染者が増えている地域もあるわけですが、2)と特に3)を考慮すれば、日本の状況はある程度説明がつくと思います。

「ワクチン忌避」感情を包摂

重要なのは、どうして日本はここまで急速にワクチン接種を加速できたかということです。というのは、2020年の暮れから21年の年初の状況では、接種体制の問題と同時に、「ワクチン忌避カルチャー」への懸念は確かにあったからです。なぜならば、過去40年の日本の歴史を振り返ると、厚労省(旧厚生省)のワクチン行政は、副反応の問題に過敏に反応するメディアと世論に翻弄され続けてきたからです。

この40年の経緯の中では、麻疹や風疹にしても、あるいはHPVワクチン(子宮頸がんを防ぐ)にしても、WHOの勧告にも関わらず、強制接種の実施ができずに、あるいは実施しても停止せざるを得ずに当局は苦しんできました。この問題を踏まえると、今回の接種率向上というのは、日本の場合では奇跡のようにも思えます。

その要因としては、政府も、そしてメディアも、とにかく日本の世論の深層心理には、「ワクチン忌避体質」があるということを、最初から覚悟してかかっていたということが指摘できます。その上で、「ワクチン忌避世論」を真っ向から攻撃することはせず、もっと言えば「必ずしも正しくない態度も包摂する」と同時に「副反応などのネガティブ情報を包み隠さず伝える」ことを徹底したように思います。

結果として、ワクチン忌避の感情を暴発させることなく、包摂しつつ信頼を獲得することができた、そのように見えます。アメリカの場合は、これとは正反対です。義務化を進めるバイデン政権と、自己決定権を主張して義務化に反対するトランプ派の間で、激しい政治対立が起きているからです。その結果として、接種率は低迷し、いつまでもダラダラと感染が続いています。そのアメリカから見ていると、日本の成功は現時点では実にまぶしく見えるのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story