コラム

日米のコロナ対策に共通する「リスコミ」の問題点

2021年05月06日(木)13時30分

ですが、今回の新型コロナのような大規模なパンデミックの場合は、経済や社会への打撃が大きいわけで、感染症の専門家の提言を100%反映することは、経済的、社会的に不可能である場合があります。そうなると、ファウチ博士や尾身博士の場合は、そうした経済や社会の観点から「敵視」されてしまうことになります。

これは理不尽です。またファウチ博士も尾身博士も、そうした経済や社会の要請を理解して「妥協する」役割も一部担わされていますが、本来は政治の役目である総合的な判断や責任まで背負わされるというのも筋違いと思います。

2つ目は、感染症以外の分野に関する専門知識が十分に流通しないという問題です。その結果として、対策が政治家の思いつきや、世論の一時の感情で左右されてしまうという問題があります。

アメリカの、例えばバイデン政権の場合は、総額200兆円という巨大なコロナ対策補正予算を使って、力づくで全国民を納得させようとしています。ですが、もしも、雇用問題の専門家が失業対策に関するきめ細かい提言を行い、教育の専門家がオンライン教育における子どもへの影響や必要な工夫を提言し、というように各分野の専門家がもっと多角的な議論を展開していたら、あそこまで大雑把な政策論議にはならなかったのではないかと思います。

世論の不安感情を緩和するため

また、感染を抑え込むための数理計算的な情報は飛び交っているものの、肝心の新型コロナという感染症の症状や治療法について、臨床医からの説明というのは、かなり少ないのが現状です。「コロナはフェイク」などという言動が今でも残っている背景には、そうした問題があると思います。

日本の場合も、例えば飲食業や運輸関連などについて、個々の企業の財務状態はどうなのか、雇用はどの程度失われているのか、実際にコロナ禍で発生している困窮は、どの程度の広がりがあるのかなど、実際に移動や飲食がクラスターになっているのはどのような頻度の話なのか、それぞれの専門家と、現場の代表がもっともっと事実を発信していけば、政治も決めやすいし、世論も納得がしやすくなるのではないかと思います。

例えば、日本ではこれからワクチン接種を加速しなくてはなりませんが、予防接種行政の専門家がきちんと登場して、どんな準備が必要なのかを解説してくれれば、社会の方も状況を理解して待つことができると思います。さらに、副反応への懸念については、これは感染症医よりも、薬学の専門家がそれぞれのワクチンの有効成分、溶剤、添加剤などを説明した上で、副反応のメカニズムを話してくれれば、不安感情の緩和になるのではないかと思います。

いずれにしても、詳しい情報は常に感染症医の観点から「だけ」発信され、それ以外は政権や官僚による政治的な説明だけというのでは、社会の不安感は解決しません。その意味で、新型コロナの「リスコミ」ということでは、アメリカも日本もまだまだ改善の余地があると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、レアアース採掘計画と中朝国境の物流施設

ビジネス

英BP、第3四半期の利益が予想を上回る 潤滑油部門

ビジネス

中国人民銀、公開市場で国債買い入れ再開 昨年12月

ワールド

米朝首脳会談、来年3月以降行われる可能性 韓国情報
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story